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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅷ.払われし代償が導く

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間話3 両親に対するステファニアのあれやこれ

 ◆


「アモーレ、ちょっと」


 病室でルチアと喋っていたジョエレを、ステファニアは戸口からおいでおいでした。ジョエレだけでなく、ルチアまでこちらに目を向ける。


「なんだステフ? 話ならここで聞くぞ」

「んー。ちょっとね。仕事絡み?」

「んなもん俺にしに来るなよ。ディアーナに言えばおおかた解決だろうに」


 文句を言いながらも彼は外に出てきてくれる。

 ルチアに体力がついてきたからか、ジョエレが病室に滞在する時間が昔より長くなった。

 それはいいのだが、ルチアが入院してからこっち、ジョエレが教皇庁に一切顔を出さない。そのせいで病院くらいでしか捕まえられないのが問題だ。


「ここじゃアレだから、ちょっと移動しよっか」


 廊下で話す内容でもなかったので、近くの空いている個室に入ってステファニアはドアを閉めた。


「で、何だ?」


 ジョエレが椅子を取ってきて、1つはステファニアにくれる。自分はさっさと座っていた。

 腰を据えて話を聞いてくれるつもりらしい。

 折角なので、ステファニアも椅子に座る。


「イベリア半島が沈んだよ。領境になっている山脈群のイベリア側の麓あたりまで」

「そうか」


 ジョエレにこれといった反応は無い。何の話題かある程度予想していたのかもしれない。


「槍を戻して2週間ばかしは伸びたんだな。伸びない可能性もあったから、まぁ、上々か」


 壁に掛けられたカレンダーを眺めながら、それだけぽつりと呟いた。

 その、何の感慨も無いような態度がステファニアには気に入らない。


「ねぇ。アモーレも、マンマも。どうして列車を止めたの?」

「強え揺れがあったから、安全基準に則って止まっただけだろ」


 ジョエレの表情が、何を言ってるんだ、というものになった。


「違うよ、そこじゃない。ほとんど揺れてなくて、本当は動かせたはずの領境付近の鉄道止めてたのだよ! そこを動かさないように圧力掛けたのマンマとアモーレでしょ」


 スペイン、フランス領間には、ピレネー山脈をはじめ山岳地が横たわる。越える労力故に、昔は国境線にされていたのだ。

 今は鉄道や車を使えば楽に超えられるが、それが使えないとなれば話は別だ。


「アンドレイナもフアナも言ってたよ。山岳地がきつくて、弱ってた人のほとんどがそこで脱落したって」


 平常時なら、夏場のピレネー山脈は人気のトレッキングコースだった。道は楽ではないけれど、3千メートル級の山々には珍しい高山植物が花を咲かせ、普段とは違う日常を体験できる。

 冬でも、冬山だからこそ越えたいという強者だっていた。

 けれど、それは趣味だからいいのだ。

 きちんと準備をして挑むから越えられる。大した装備も持たぬ状態の冬山など地獄でしかない。


 ただでさえ、人々は領境まで過酷な条件で歩き通しで疲弊していたのだ。

 きっと耐えられない。

 ジョエレとディアーナであれば、それくらいは読めていたはず。

 本来止めねばならない鉄道を動かしたならともかく、動かせたものを止めたのでは行動が逆だ。


「だから? そこで難民の数を削るために止めたんだから、それでいいだろ」


 悪びれもせずジョエレが言った。

 発言の冷たさに、ステファニアの頭に血がのぼる。


「なんで!?」

「じゃぁ聞くが。お前の部屋にダンテが転がり込んで来ました。そんで、面倒をみてくれって言ってきています。あいつの部屋は壊れていて追い返せません。お前ならどうする?」

「え? 他に空き部屋あるんだから、そっちに行けって追い出すに決まってんじゃん。こっちにたかるってのもありえないよね。むしろ、部屋代払えって感じ?」

「他の部屋を誰かが使ってる状態だとしたら?」

「それでも追い出すよ。せめて男同士でどうにかして欲しいよね」


 なぜこのタイミングでそんな話なのか分からないけれど、とりあえず答える。

 ジョエレが僅かに目を細め、静かに息を吐いた。


「それと一緒なんだよ。兄妹でさえそれなのに、他人の面倒なんて誰がみるんだ? ヨーロッパはよ、昔から色んな民族が入り乱れてて、隣接地同士だって仲が悪いんだぞ?」


 そうして詳細を説明しだす。

 難民の大量受け入れのネックは大きく2つ。資金と、受け入れ側住民との摩擦だ。

 話の途中で入れたステファニアの反論はことごとく穴を突かれ、黙らされた。


 けれど、ジョエレだって何も感じないわけではないのか、段々と声が疲れたものになってくる。


「いくらかわいそうだと言っても、馬鹿をしでかしたのは旧スペイン領の連中だからな。落とし前は自分達でつけてもらうしかない。で、他の地域に被害が及ばないようにするのが教皇庁の仕事だ。今度こそクラウディオを潰しておきたいのもあったしな」


 そのために領境を走る鉄道を止めた。

 疲弊している人々を確実に削れるから。

 上手くいけば、イベリア半島と共にクラウディオを沈められるから。

 鉄道が動かない理由を地震のせいにできて、教皇庁、鉄道会社、どちらにとっても言い逃れに都合がいいから。


 ステファニアにだってジョエレの言っている事は分かる。

 けれど、認めてしまうには心苦しい。なのに、反論する材料を持たないものだから、


「でも! アモーレとマンマは頭いいんだから、他の方法も考えられたんじゃないの!?」


 感情のままに言い寄った。


「俺らのどちらも思いつかなかった。だから間引く道を選んだ。それだけだ」


 返ってきた答えは無感情で、それが逆に辛い。静かにジョエレの言葉は続く。


「その代わり、避難勧告は速やかに出した。生き残る機会だって平等に与えた。猶予期間もできる限り伸ばした。俺にできるのはそこまで。後は本人達の力次第だったんだよ」


 彼が立ち上がり、ステファニアの頭に、ぽん、と、手を落とした。


「お前は昔から優しい奴だったからな。でもな、持ちきれない分まで拾おうとすると、今持っている物までこぼしちまうだろう? 政治でそれをやると、取り返しのつかない事態になる事がある」


 それまでと違って優しい声でジョエレが言ってきた。

 ステファニアが彼を見上げると、空色の瞳に、優しさと、少しばかりの心配を滲ませた眼差しが向けられている。


「ディアーナの後を継ぐつもりなら、割り切らないとならないところは割り切れるようになれ。それが無理なら、これ以上の出世はしないことだ」


 もう1度ステファニアの頭を叩きジョエレは去って行った。


 厳しい事を言いながら優しくフォローする。

 切り捨てておきながら、抜け出すための道も最大限用意してくれる。

 これだけ両極端な顔を見せられると、どれが本音で嘘だか分からない。


 それでもステファニアはジョエレが好きだ。

 けれど、たまに見せる冷徹な顔だけは嫌いだ。



 ◇


 ほどなくしてルチアは退院していった。

 それから割とすぐに、いい機会だからと、ディアーナが茶会を開く。

 会場はオルシーニ邸の1室。名目はルチアの快気祝い。出席者はディアーナ親子3人とジョエレの所の3人なので、本当に気楽な茶会だ。


 飲み物に、旧スペイン領土産の蜂蜜カモミールティーが出てくる。

 珈琲も美味しいけれど、たまにはこういう優しい味の物も悪くない。お菓子の味も今日はよく分かる。

 大好きなジョエレも一緒だし。

 ということで、ステファニアはご機嫌に茶会を楽しんでいた。


 なのに、


「そういえば。レオナルドが、あなたが登庁して来ないのはどういう事だって吠えてたわよ」


 世間話のようにディアーナが切り出した。ジョエレの眉が片方だけ上がる。


「言われてた旧スペイン領出張には行ってきたじゃねーか。知らねぇよ」

「それまでとは言わなかったわよね?」

「あ?」

「何?」


 2人の間の気温が一気に下がる。先ほどまでの陽だまりのような空気はどこへやらだ。


「欠勤扱いになってるらしいから、さっさと登庁した方がいいわよ。あと、出張の報告書も出せって」

「報告ならお前にしただろ。アンドレイナからのもあるだろうし」

「私は何も言わないわよ。下手な事をしたらあなたの話と齟齬が出そうだし。いい感じに自分でまとめるのね」

「ぐっ」


 ジョエレが言葉を詰まらせながら下を向いた。あの様子だと、何か、表には出せない事柄があったのかもしれない。


「報告書は出すとしてだ。登庁はもうしねぇから、そのまま不良職員としてクビにしてくれればいいぞ」

「保釈金」

「……」


 今度の彼は難しい顔で腕を組み、しばらく見ていたら頭を抱え、最後は何かを諦めたようにカモミールティーを飲んだ。

 空になりそうだったので、お代わりを注ごうとステファニアがポットに手を伸ばすと、そこには何も無い。ディアーナの手元にポットは移動していて、ジョエレの空になったカップにお代わりが注がれていた。


 たまに思うのだが、ジョエレの心を掴むのに1番の敵は母親なのではなかろうか。


「仕方ねぇから登庁するけど、ヴェネツィアから帰ってきてからだな」

「あれ? アモーレ出かけるの?」

「ルチアと約束したからな。謝肉祭カルネヴァーレに連れてってやるって。ちょうど今やってるし」

「何それずるい!」


 ステファニアがルチアに振り向くと、彼女は素知らぬ顔でプリンを食べていた。


「ルチア、私も連れてってよ」

「ジョエレに頼めば?」

「ディアーナに連れてってもらえ」

「あなたは仕事に決まってるでしょう?」


 頼む前から却下された。

 ステファニアが机に突っ伏して泣き真似しても、誰ひとり気に留めてくれない。

 何事もないかのように頭の上で会話が交わされていく。


「ああ、そういえば。ジョエレ、あなたの好きなワインが手に入ったんだけど、飲ませてあげてもいいわよ」

「マジで!?」

「ええ。でも、きちんと登庁した後にかしら。月の綺麗な夜にでもお月見しながら飲みましょう」


 自分の土俵にジョエレを引き込むこの上手さ。

 やはり、1番の敵は母親だ。


 ……と思ったのだけれど、頷きかけたジョエレの頭が止まった。そうして、苦い顔で首を横に振る。


「いいや。その手には乗らねぇぞ。また何か面倒な仕事押し付ける気だろ」

「あら残念」


 意外と、ディアーナもジョエレを上手く動かすのに手を焼いているのかもしれない。

明日は2ページ更新します。

午前中に人物紹介ページ(読み飛ばして問題ありません)、午後から9章1話目となります。

ご注意ください。

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