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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅷ.払われし代償が導く

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間話2 聖母還幸会

 ◆


 聖母還幸会。

 その本拠地の仄暗い研究室で、エアハルトはディスプレイを睨んでいた。


「どう解釈すべきなのだろうな、これは」


 判断に悩み頭を抱える。


 先日入手したジョエレの遺伝子解析が終了し、ベリザリオのものと比べたはいいのだが、結果がおかしい。


 血縁者というには似過ぎていて、本人というには違う。

 あえて言えば、本人であるけれど、遺伝子の損傷部位が多い。

 この表現がしっくりくる。


「なぁにエアハルト。またこんな暗い所に篭ってるの?」


 部屋の戸口に現れた女が甘ったるい声を出しながら近付いてきた。非常に邪魔なことに、エアハルトの首に腕を回し、無駄につきすぎた贅肉を背に押し付けてくる。


「この画像、ジョエレ・アイマーロ? じゃぁこのデータって彼の?」

「お前には関係ないことだ」


 うっとおしいので腕をどけさせた。ルクレツィアは残念そうに口を尖らせ、顔を部屋の奥、培養槽の方に向ける。


「アタシ、旧スペイン領で彼としばらく一緒にいたんだけど、近くで見れば見る程そっくりよね。その人と」


 そうして培養槽を指した。

 中には、亡くなった時と同じ年齢まで培養したベリザリオの複製体クローンが浮いている。意識はまだ無いが、後退催眠は施した。あとは人生の再体験が終わるのを待っている状態だ。


「あなたは、手に入らなければ作ればいいって言うけど、見た目だけでいいならジョエレを近くに置けばいいのよ。手間も掛からなくて確実で楽じゃない?」

「彼だと中身が違い過ぎるだろう。戯れにはいいが、私が欲しいのは、毅然としながらどこまでも聡明であられたあのお方だ」


 ジョエレだってそれなりの逸材だ。

 覗き見た実験の手際は綺麗で鮮やかで、たまに交わした科学談義の返しにも見識の深さが伺えた。

 けれど、性格がよろしくない。

 あれではまるで、ベリザリオにいつも引っ付いていたエルメーテ。それのタチを悪くしたような感じだ。

 ベリザリオの見た目であんな言動を取るのを四六時中見せられたら、エアハルトの中のベリザリオ像が壊れる。


「それより、おまえ何しに来たんだ?」

「やっぱり忘れてる。総主教サマが幹部に召集かけてたじゃない。そろそろ時間だから迎えに来てあげたの」

「それでその格好か」


 今日のルクレツィアは青い法衣を身に纏っている。いわば、召集に出席するための正装だ。


「なら、そろそろ動かないとな。遅れると何かと面倒だ」


 主に嫌味を聞くのが。

 面倒臭いと思いながらもエアハルトは立ち上がった。PCは待機状態に落とし、隣の休憩室のクローゼットから法衣を出す。

 着終わっても、ルクレツィアが研究室の戸口で奥を見ていた。


「早く出ろ。行くぞ」


 変に部屋を触られると嫌なので彼女も共に連れていく。

 エアハルトにベタついてきながらルクレツィアが呟いた。


「アタシ、ベリザリオが嫌いよ。あなたは彼ばかり見ていて、アタシの入り込む隙間がないから」

「私はお前が嫌いだよ」


 まとわりつく彼女を乱暴に押し除け聖堂へ向かった。




 大理石の敷き詰められた聖堂の最奥には聖母像が置かれている。彼女の手に握られているのも、周囲を飾っているのも白百合だ。

 像への道を開けるように青い法衣の者たちが列を作っていた。

 並び順は決まっている。

 像に程近い、幹部の中でも上位の者が並ぶ場所。そこがエアハルトの立ち位置だ。


 ゴーンと、召集時間を鐘が告げた。

 幹部達が揃って頭を下げる。開けられた道を白ひげの老人が通って行った。彼の召物も幹部達と同じ青い法衣。

 ただ、居場所が違って、杖を持っている。


 聖母像の前まで行った彼は振り返り、


「頭を」


 短く告げた。幹部達の頭が上がると老人の右手が掲げられる。


我ら終焉をもってノス・フィニブス・アド・楽園を創造せんパラディスス・クレアーレ

我ら終焉をもってノス・フィニブス・アド・楽園を創造せんパラディスス・クレアーレ


 老人の言葉を、幹部一同、声を揃えて復唱した。

 やっておきながらなんだが、時代掛かっているだけの無駄な行為だ。常々思っているエアハルトではあるけれど、慣例には従っている。


「さて諸君。もう知っていると思うが、我らの同胞《死神ラ・モルテ》が殺された」


 手を下ろした老人がしゃがれ声で話しだした。

 薄い髪も眉毛も髭も、全てが白く皺くちゃ顔の人物こそ、聖母還幸会のトップ、総主教である。よわい80を数えるが、背筋は伸びていて、未だ死にそうな気配は見られない。


「犯人は未だ分かっていないが、《恋人リンナモラート》と《戦車イル・カッロ》から有力な証言を得ている」


 ルクレツィアが1歩前に出た。


「アタシと《戦車》なんですけど、イベリア半島から脱出する時に部外者を1人潜水艦に乗せたんです。その彼、ナポリの近くに捨てたんですよね」

「ジョエレ・アイマーロは我らを嫌っているからな。ナポリに移動していれば、あそこにいた《死神》とぶつかっていてもおかしくない」


 《戦車》がルクレツィアの言葉を引き継ぐ。


「その男に先日お主は接触したようだな、《隠者レレミータ》。何か知らぬか?」


 総主教の目がエアハルトに向けられた。

 知っている。おそらくルクレツィアと《戦車》の言う通りだ。


「さぁ? 私は彼の依頼品を作っていただけなので。急ぎだったようなので、本人にも手伝ってもらいましたが」


 けれど、エアハルトは白を切った。

 ジョエレはエアハルトが欲している駒なのだ。《死神》が殺された程度で引き渡すわけにはいかない。


「《死神》のことですし、好き勝手やり過ぎてマフィアに殺されたんじゃありません?」

「そんな簡単に殺されるような子だったかしら」

「知らんな。可能性の話だ」


 話をしていると、トントンと、杖が床を叩く音がした。音につられて全員の顔が杖の主を向く。


「ここで言い合っていても答えは出まい。誰も知らぬのならいい。調査は他に進めさせるとしよう」


 総主教の杖がもう1度、トン、と鳴った。

 話が変わるのだろう。幹部達が列を正し、背筋を伸ばす。


「我らを長らく邪魔してきてくれた教皇庁だが、諸君らの働きもあって最近弱っているようだ。そろそろ、もう少し積極的に動いて良い頃合いだろう」


 総主教の瞳が1人の幹部を捉えた。


「《教皇イル・パーパ》話がある。お主は残るように」

「はっ」

「他の者も各自、祝福のために動くように。死を讃えよ(メメントモリ)、この言葉を忘れるな」


 一同敬礼し、その場を去る。

 聖堂を出てしばらく行くと、


「エアハルト、なんか絡まれてたね」


 愉快そうにユーキが話しかけてきた。


「いい迷惑だ」

「まぁ、そんなのどうでもいいんだけどさ」


 じゃぁ言うな。という言葉は飲み込む。


「小耳に挟んだんだけどさ、マラテスタ家との長期契約解約されたらしいじゃん? 迷子の娘探しだったっけ? のらりくらりと誤魔化しながら搾り取ってたのに、金ヅルが1つ消えたって経理が喚いてたよ。てっきり、今の会合で叱られると思ってたんだけどさぁ」


 エアハルトが反応を返さなくてもユーキは1人でご機嫌に喋っている。


「総主教、なんのために僕らを集めたんだろうね?」


 なのに、突然エアハルトの前に身体を傾けてきた。これは、答えを返さないとしつこい部類の問いだ。


「仕事をしろと尻を叩くためと、一応、死んでるのが1人だけか確認したかったんじゃないか?」


 組織が何をしようとエアハルトには関係ないのだ。

 潤沢に資金があって、世間一般ではできないような研究もできるから席を置いているだけ。お陰で知識も増えたし実験技能も上がった。

 再びまみえる時、ベリザリオの目に留まれる程度の技術者にはなれているだろうか。

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