8-14 届けられた希望
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教皇庁での勤務が終わったディアーナがルチアの病室に行くと、テオフィロがベッド脇に座っていた。
気にせずルチアのバイタルを確認し、看護記録に目を通す。
「帰らないの? あなた最近、夜、この子についている時間が長いらしいわね。無理をすると倒れるわよ」
「そんなやわじゃないし。それに、ジョエレも帰って来ないから、ルチアの近くにいる方がいいし」
「連絡はまだ?」
テオフィロが首を横に振った。
ジョエレが姿をくらまして10日が経っている。
いなくなる何日か前に使徒ジュダに会ったのは知っている。そこで情報を手に入れて動いたのだろうと予想はつくが、どこで何をしているのかまでは分からない。
大概、動き出しか、きりのいい頃に連絡を入れるジョエレが、これだけ音信不通というのは珍しい。
(らしくないのだから、動けなくなっているんでしょうけど。せめて居場所が分からないと手の打ちようがないわね)
危ない橋を渡るのなら相談くらいしろと言いたいところだけれど、確信が無かったから、あえて言わなかったのかもしれない。
何はともかく、今はジョエレを信じて待つしかできない。
「なるべく手を握ったり話しかけてあげて。そうすれば、ルチアが早く元気になるわ」
ルチアの手を取り、そっと撫でる。
本当は元気になどなりはしない。けれど、死の淵に立っている者を引き止める効果はある。
ジョエレが治療法を求めて動いているのなら、彼が帰ってくるまでルチアを生かすのがディアーナの仕事だ。
真実を知らぬ青年にちょっとした嘘を吹き込むのも、手助けにはなってくれるだろう。
扉がノックされた。
「はい」
ディアーナが返事すると、金髪に眼鏡の男が顔を見せる。知らない顔だ。
「どなたかしら?」
「ジョエレさんの使いです。そこの彼女の治療用運び屋が入っているので、心筋に注入してください。ほとんど拒絶反応は無いと思いますけど、安定するまで免疫抑制剤も併用する方が確実でしょうね」
そう言って男は手に持っていたケースを掲げる。
ディアーナは戸口へと行き、彼を伴い病室を出た。そうして、男の持つケースに視線を向ける。
「あなたを信用していい理由は?」
ジョエレ本人からは何の連絡も無い。無防備に信用するのは危険だ。
何が可笑しかったのか、男が口元を隠して笑った。
「何か変な事を言ったかしら?」
「いいえ。ただ、ジョエレさんが言った通り警戒されたなと思って」
そう言うと、男はポケットから透明なチャック付きポリ袋を出してディアーナに見せた。中には見覚えのある2つの指輪を通したネックレスが入っている。ジョエレが肌身離さず身につけているものだ。
「これを渡せば信じるはずだと言っていましたけど、どうでしょう?」
「……。いいわ。信じましょう」
ケースと共にネックレスも受け取った。
他人から見れば古びているだけの品だけれど、ジョエレにとってはかけがえの無いものだ。それを出してきたのだから、ジョエレ本人の入れ知恵だろう。
「なぜ彼が自分でこないのかしら?」
ルチアを助けるためのものなのだから、ジョエレが持ってくる方が自然だ。大切な仕事を他人に任せるだなんて彼らしくない。
「それの調整中に無理をして倒れてしまいまして。もうしばらく動けそうにないので私が代わりに。少ししたらお帰り頂くので、心配なさらなくて大丈夫ですよ」
眼鏡の位置を軽く直し金髪眼鏡は去って行った。
釈然としない思いを抱きながらディアーナはネックレスを握りこむ。何かが気持ち悪いのだが、いまいちはっきりしない。
ただ、自分の体調管理すらできず、倒れたジョエレは馬鹿だとハッキリ言えた。
出張から帰ってきた時も顔色が悪かった。
自分のせいでジョエレが倒れたと聞いたらルチアは喜ばないだろう。周囲の気持ちも少しは考えて動けと言いたい。
ケースを持つ手の力を強めディアーナは病室に戻った。ナースコールのボタンを押し、看護師に繋ぐ。
「今晩からルチアに免疫抑制剤をうつから、無菌室に移してちょうだい。あと、手術室の確保を」
連絡を終えるとすぐに看護師達がやってきて、ルチアを動かす用意が始まった。
何が起こっているのか分かっていない様子のテオフィロは困惑気味だ。そんな彼の肩にディアーナは手を置き、優しく微笑む。
「ジョエレがね、ルチアの病気の特効薬を用意してくれたわ。ただ、治療を進めると、一時的にルチアが病気にかかりやすくなるの。菌に感染しないように隔離するから会えなくなるけど、我慢してね」
「そうなんだ? それで、あいつは?」
「風邪をこじらせて寝込んでるらしいわよ。でも、もうすぐしたら戻ってくるらしいから、あなたは家で待ってなさい」




