8-10 治療法を求めて
ディアーナの動きは早く、その日の夕方にはジュダと面会できるようにしてくれた。
刑務所の面会室でジョエレが待っていると、透明なアクリルガラス1枚で隔てられた小部屋にジュダが入ってくる。共にやってきた刑務官もいたが、そのまま退出していった。
「よう。元気そうじゃねぇか」
「俺に会いに来るだなんて誰かと思ったが、お前か」
ジュダが席に着く。
異端審問局「元」局長、使徒ジュダ。半年ほど前に教理省長官レオナルドに反旗を翻し、チヴィタ・ディ・バニョレージョで大規模な乱を起こした人物である。
大それた事をしでかした人物ではあるが、そこは、局長に抜擢されるほどの人間というか。今は従順に規律に従い、模範囚として扱われているらしい。
「四方山話をしに来たわけではなかろう。要件は何だ?」
それに、馬鹿でもない。
無駄な雑談無しはこちらも望むところだ。なので、ジョエレは単刀直入に告げる。
「我ら終焉をもって楽園を創造せん、ってな」
言った途端にジュダの表情が変わった。これまでも友好的ではなかったけれど、今は敵意を滲ませている。
「俺を消しに来たのか?」
「うんにゃ。そもそも俺、還幸会のメンバーじゃねぇし。熱烈なスカウトは受けてるけど」
「ならば何用だ」
警戒は変わらずジュダが犬歯を剥く。
ジョエレは軽く肩を竦め、次いで、前のめりに、仕切板ぎりぎりに顔を近付けた。
「《隠者》。金髪眼鏡の方が通じるか? あいつと繋ぎが取りたい。あの騒動の時、お前に手を貸していたのはあいつだったな。連絡方法もあるんだろう?」
あれだけの規模の作戦を行うには、最低でも数度は《隠者》と連絡を取り合っているはず。そう踏んでジュダと話をしにきた。
ジョエレが知る限りで、組織との繋がりが一番強いのは彼だ。
ジュダが顔をしかめ、
「何のために」
聞いてくる。
ジュダは組織について一切白状していないらしい。
どうやって情報を引き出そうか悩んだけれど、正直に情に訴えることにした。
「あの金髪眼鏡、あれで医者っぽいことしてやがんだよ。で、あいつにしか治療できない奴が死にかけてる。20歳そこそこの娘だ」
反応は……悪くない。
けれど、何やら悩んでいる様子だ。こういう時に結果を急ぐと大抵悪い方に転がる。なので、黙って動きがあるのを待つ。
どのくらい経っただろうか。
「あいつは……、レオナルドは関わっているのか?」
ジョエレを睨んでいたジュダが尋ねてきた。
「いや」
そう答えると、ジュダの雰囲気が少しだけ軽くなる。
「あいつには絶対漏らさないと誓え」
ジョエレが頷き、もたらされたのは1つの住所。
メモを取りたいところだけれど、情報漏洩の確率を下げるためにその場で覚える。
「そこの特徴は?」
「貧民街の一画だ。特に特徴が無いのが特徴か。そこの軒先に街灯があるんだが、その下に眼鏡をかけた青い服の奴が23時から翌1時までいる。そいつに手紙でも渡せば、じき返事がくる」
「街灯下の青服眼鏡だな」
欲しい情報は手に入れたので席を立った。翻した背にジュダが言ってくる。
「気をつけろ。安易に利用しようとすれば身を滅ぼす」
「お前と一緒にすんじゃねぇよ」
言い捨てて部屋を出た。
それから家に帰ってエアハルトへの手紙をしたためる。
指定された時間になるまでに出張中の荷を片付けようと思ったら、棚の、伏せていたはずの写真立てが起こされていた。よく見てみれば、本の並びも少し変わっている。
(この、微妙に雑な感じはルチアだな)
きっと掃除でもしたのだろう。
この棚の書籍は総量はかなりのものになる。全てどかして掃除をしたのだとしたら重労働だ。
(ったく、無理はすんなって言っておいたのに、聞きやしねぇ)
ルチアも、テオフィロも、ダンテもステファニアも。本気で怒るまで全然言うことを聞かない。自分の子を持った事はないが、子供というのはこういうものなのだろうか。
並びの変わっていた本を元の場所に戻し、最後に写真立ての前に行った。
写真の中で笑うアウローラとエルメーテを見ながら呟く。
「ただいま」
そうして、再び写真立てを伏せた。
◇
ジュダに教えられた方法で青服眼鏡の人物に手紙を渡して2日。
いまだ何の進展もない。
「ジョエレ大丈夫なわけ? 顔赤いけど」
出かけざまのテオフィロが心配そうにする。
「あんま大丈夫じゃないかもしれねぇなぁ。ルチアに移すといけねぇし、俺今日、病院行かんかも」
「ルチアじゃないけど、無理すんなよ」
そう言って青年は出て行った。
玄関に鍵を掛けたジョエレは奥に引っ込もうとした。けれど、目眩がして足がもつれる。
『大丈夫?』
優しい声と共に手が差し伸べられてきた。掴まろうとすると、そこには誰もいない。
(こりゃ本格的にやべぇな)
家具に手をつき身体を支えながらソファに向かう。とりあえず、手近なそこに転がった。
最初だるさだけだった症状は、身体の重さに加え幻覚が付いてきている。風邪か過労かと思っていたけれど、どうにも様子がおかしい。
(病院行った方がいいんだろうな)
その前にディアーナに病状を相談してみて、それも、少し寝てから……と、考えているうちに意識が落ちた。
「――エレ。ジョエレってば。寝るならベッドに寝なおせよ」
呼ぶ声と、身体をゆする感覚にジョエレの目が覚めた。目の前にはテオフィロがいて、机の方に顎をしゃくる。
「来てた手紙そこだから。で、そこで寝てると邪魔だから、本気で寝るなら部屋で寝てくれよな」
愛想のない顔でそう言って2階へ上がって行った。
ジョエレがぼーっとした頭を掻きながら窓を見ると、夕焼け色の光が差し込んでいる。朝から寝落ちしていたようだが、お陰で少し体調がいい。
冷蔵庫の中の冷えた水をひと口飲んで頭を覚まし、机上の手紙を拾う。待っていた封筒だったので目を通した。
――本日22時。テヴェレ川のほとり、壊れた橋でお待ちしております
思ったより動きが早い。それに、この文面だとエアハルト本人が出てきそうだ。
「テオー。俺晩飯いらねぇから起こさないでくれ」
2階にひと声かけ自室に引っ込む。
夜に備えてもうひと眠りすることにした。




