8-5 小さな処刑人
銃を向けられている以上拒否権は無い。ジョエレは教会へ歩きだした。すぐにヴァージニアがジョエレを追いぬいていく。
この少女、何も考えていなさそうに見えるが、ジョエレが離脱しようとした途端に撃ってきそうな気がした。
こういう勘には従った方がいい。
それまでと変わらずヴァージニアについていく。
やはり、というかやはり、彼女は教会に入った。そのまま懺悔室に行くのかと思いきや、どうもそうではない。建物の造りからして、向かっている先はおそらく教会関係者達の居住区。
廊下を歩きざまに銃は放り投げられてきた。
背後を見せている状態で返すくらいなので、銃を恐れてはいないのだろう。
(どうせ弾は届かないんだろうしなぁ)
これまでに学習済みな事もあって、ジョエレは掴んだ銃を黙って収納する。
前を歩きながら、
「ジョエレさんてぇ、《愚者》として入会試験中らしいじゃないですかぁ」
ヴァージニアが色々おかしな事を言ってきた。
「間違ってんぞ。俺は拒否してんのに、しつこく勧誘してくる馬鹿がいるんだ」
「ですからぁ。その入会試験、ジニーも手伝ってあげようと思うんですぅ」
「聞けよ。俺はお前達の仲間になんぞならねぇっての」
再度否定してみたが、訴えが彼女に届いている感触がない。
鼻歌まで歌い出した少女が1つの部屋に入った。
ジョエレも続くと、質素な狭い部屋の中で真っ先に目に飛び込んできたのは白百合。壁際の棚に置かれた花瓶にこれでもかと生けられている。
ジョエレがそちらに気を取られていると、前を行くヴァージニアが急に止まった。
危うくぶつかりそうになったけれど、なんとか立ち止まる。何事もないかのように彼女は下から見上げてきた。それも笑顔で。
「ジニー、殺人が趣味なんですぅ。ジニーと遊んでもジョエレさんが死ななければ、入会を許可してあげますねぇ。毒殺と血飛沫どばぁ。どっちがお好みですかぁ?」
少女の見た目や表情と発言内容が合わなくて返答に困る。それに、好き好んで殺されたくなどない。
無視して立ち去ろうと思いジョエレは足を1歩引いた。
途端にヴァージニアが動く。ジョエレを回りこんだ彼女は扉を勢いよく閉めると、身体で押さえつつ、再度、
「どっちがいいですかぁ?」
尋ねてくる。
有耶無耶にして逃げるという道は無いらしい。
「毒殺だとどんな毒なんだよ」
武器にできる物を探す時間を稼ぐため適当に話を振った。
壁に大振りな斧が掛けられているが、とても重そうなので却下。あんなのを持った日にはあっという間に息切れしそうだし、下手したら、逆に斧に振り回されかねない。
「ここら辺のゴミって、農薬とかもろもろの劇毒物も混ざってるんですよねぇ。それを掘り起こしてきて、飲み物とか食べ物に混ぜて出すとかどうですかぁ? すんごい苦しんで死ねると思いますよぉ」
「殺すなら、せめて一息で殺すくらいの優しさを見せろよ」
「一息でですかぁ」
考え込むようにヴァージニアが腕を組む。しばらく唸っていたのに、先程までジョエレが見ていた方に顔を向けると目を輝かせた。
そうして、とててと走って行く。
壁に掛かっている大斧を軽々と手に取り、そばかす顔に笑みを浮かべた。
「じゃぁ、首を切り落としてあげますね」
言うが早いか斧を振りかぶってくる。勢いよく振り下ろされたそれは鈍い音を立てて石床にぶつかった。
ヴァージニアは再び斧を担ぎ、間一髪避けたジョエレを恨みがましく見てくる。
「なんで避けるんですかぁ? 毎日磨いてるのでよく切れますよぉ。痛くないですよぉ。ちょっとしか」
「痛いわ!」
あれなら首も一撃で飛びそうなので痛くないかもしれないが、そういう問題ではない。
(なんでこんなチビが振り回せるんだよ!? 色々おかしいだろ!)
心の中で叫びながらジョエレは振り回される凶器を避ける。部屋が狭すぎるので避けるのも必至だ。反撃するために花瓶の口を掴み、花ごとヴァージニアに投げつけた。
彼女は器用に斧で花瓶をかち割り直撃は避けていたが、水が飛んで濡れている。
「濡れちゃったじゃないですかぁ。新しいお洋服を要求しますぅ」
「俺は心的ストレスの賠償を要求したいがな!」
他に使えそうな物はと、近くにあった燭台をジョエレは手に取った。刺さっている蝋燭をヴァージニアに投げる。同時に彼女の方に踏み込んだ。
軽々と蝋燭を避けた彼女がジョエレに斧を向ける。
「死ぬ覚悟ができましたぁ?」
遊ぶようにジョエレの方に突っ込んできた。
ヴァージニアの攻撃は大振りなくせに速い。しかも、1発食らったらお終いだ。
本能は危険を告げている。
それでもジョエレは彼女の胸元へと潜りこんだ。
振り下ろされた斧に燭台を添わして刄筋を逸らせ、身体ごとヴァージニアにぶつかって床に押し倒す。次の動きに移られる前に燭台を彼女の首に突き刺した。
尖ってはいるけれど鈍い針なので、強引に力で押し込む。抵抗してばたつく少女の四肢は身体で押さえた。
肉に刃を突き立てる感触は不快だ。他人の血を流すたびに心の中に蓄積していく、どろりとした黒い何かの存在を認識させられるから。
だから、同じ殺すなら銃がいい。
なのに、還幸会の幹部達はそれを許してくれない。どこまでも気にくわない連中だ。
ヴァージニアが目を見開き口をぱくつかせる。けれどすぐに動かなくなった。
それを確認してジョエレは彼女の上からどく。とりあえず、床に散らばる花瓶の欠片を踏みに行った。素手で触れた口部分は特に丹念に砕く。
(あと指紋がついてるのは)
部屋を見回すと燭台が目に留まった。
指紋を拭き取るため、ハンカチを出しヴァージニアの傍に膝をつく。
殺しは、やってしまったので仕方ない。やらなければこちらがやられていたのだから。けれど、どんな事情があろうと、殺人がばれれば監獄送りになってしまう。
(捕まるわけにはいかない……)
ヴァージニアと共に居たのは数人に見られているだろうが、殺しさえ実証されなければ言い逃れはできる。証拠を残さなければジョエレの勝ちだ。
ヴァージニアの首に突き刺したまま燭台を拭く。すると、途中で彼女が動いた。
驚いたジョエレが固まっている前でヴァージニアは燭台を引き抜き、首の傷に手をやる。小さな手はすぐに赤く染まった。
汚れた手がジョエレに向けられる。今にも顔に届きそうだ。
触れられる直前になってジョエレは我に返った。慌てて身を引き彼女から離れる。
「ご、う、か、く」
ヴァージニアの口が言葉を紡ぐ。それで力尽きたのか、また動かなくなった。
「脅かすなよ」
再び彼女が動くのではないかと警戒しながらジョエレは燭台の残り部分も拭く。拭き終わった燭台はヴァージニアに握らせた。
それが終わると床に髪が落ちていないか確認し、蝋燭を拾い、放り投げていた司祭服の袋を持って部屋を出た。
教会を出てしばらく行った所で蝋燭とハンカチを捨てようとしたら、手の甲に血がついているのに気付いた。今にも手を離れようとしていたハンカチを慌てて掴み、血を拭って捨てる。
微妙に血痕が残っているが、これはもう洗わないと落ちなさそうだ。
(あー、くそ。最近ついてねぇ)
いらいらとゴミを蹴り飛ばし、捨てた物を隠した。そうして、宿を探すために歩き始める。
マフィア、教会権力、聖母還幸会。
下手に動けばどの勢力との関係も亀裂が入りそうな状況だ。大きな力を持っている組織ばかりというのがタチが悪い。
それ以上事態が悪化するのを避けるため、残り4日はホテルに篭って時間を過ごす。電車が動き出したら早々に街を出た。




