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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅶ.掲げよ旗を

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7-27 モンセラートの攻防 修道院へ

 ◆


「参謀と来た時はここからロープウェイに乗ったんですが、やっぱ動いてませんねぇ」


 駅舎から出てきたアルドが頭を掻いた。


「予想はしていましたが、困りましたね」


 止まったままのカーゴを眺め、アンドレイナは小さく嘆息した。

 マドリードでバスを徴発し、アンドレイナが運転してモンセラート山の麓の駅までは来れた。しかし、ロープウェイの操作までは無理だ。


 厳密には無理ではない。

 操作スイッチをいじれば動かすくらいはできるだろう。


 けれど、移動中に大きな揺れがきたらどうする。閉じこめられたり落下したら最悪だ。避けるには、やはり、ロープウェイを使うべきではない。

 幸い、ここに辿り着くまでの間でクラウディオ一行らしき集団は追い抜いた。

 次の手を考える時間は多少ならある。


 これからの動きを考えながら周囲を歩いた。

 修道院に到達する手段がロープウェイしかないのであれば、ここを完全に潰せば良いだろう。だが、そんなことあるだろうか。

 交通機関が死んでいるとジョエレは知っていた。道が塞がっているのに守りに行けなどとは言わないだろう。指示だって、ロープウェイを潰せになっていたはずだ。

 どこかに他の道があると考える方が矛盾がない。


 周辺の案内板が目に止まった。

 細かく見てみると、村外れから山へと登山道が伸びている。


「道がありますね。登りましょう」


 部下達を集め、案内板に記されていた登山道に向かった。


「今回は物見遊山的な任務かと思ってたのに、結局ハードな仕事になりましたねぇ」

「ええ。ですが、こっちの方が私達らしくて調子が出るでしょう?」

「隊長も、修道服に着替えてからの方がのびのびしてるじゃないですか。お淑やかな司教服カソック姿も俺は好きでしたけど」


 こんな状況だというのに部下達はげらげら笑っている。

 ジョエレからの口止めに従い、彼らには半島が沈むことを伝えていない。絶対的な終わりを知らぬからこその陽気さだろう。

 けれど、それでいい。

 恐怖や焦りは時として能力を低下させる。彼らに十全に働いてもらうには、真実は己の胸の中だけに留めておくのが正解だ。


「司教服のままだとヒールで登山ですし、さすがの私も泣いていたかもしれませんね」


 部下達に笑みを向け、アンドレイナは登山道へ足を踏み入れる。


 ジョエレと別れたらまず着替えた。

 これから先に待つのは確実に戦闘で、堅苦しい司教服カソックでは動きにくい。もしもの時のために持ってきた修道服だが、思わぬ形で役立ってくれた。

 いつもの動きやすい服になったからか、気持ちも少し軽い。


(気が楽になったのは、どちらかといえば、本当の意味での責任者から外れたからでしょうが)


 非常事態という事で、真相を一番知っているらしきジョエレが総指揮をとってくれた。

 上に1人いてくれるだけで随分落ち着く。


 自信がないのだと思う。

 任務に大きく失敗した事はないけれど、他の〈十三使徒〉(せんぱい)達のように揺るぎなく立つ事などできない。部下の前で毅然と見せているのは見栄と義務感だ。


 本当のアンドレイナは小心者で、心配性で、後ろを振り返ってばかりいる。危険そうなことがあれば、すぐに後退して様子見をしてしまう。

 けれど、そんなアンドレイナをジョエレは止めてくれた。

 今も、彼が背を押してくれていると思うと自分の選択に自信が持てる。祝賀会の時に支えられた感触が踏み留まる勇気をくれる。


 半分物思いにふけりながら緩やかな登山道を行くと、2時間ほど登った頃に祠があった。そこは木立が切れていて周囲がよく見渡せる。


「あの山腹に見えるのが、ジョエレの言っていた修道院ですかね?」


 道の先に、岩肌にめり込むように建てられた建造物群が見えた。


「あー。そうです、あそこあそこ」

「ではもうすぐですね。今更ですが、崖から落ちたら助からなさそうですから、気を付けてください」


 なんとなく覗いてみた断崖のはるか下に茶色く濁った川が流れていた。明るい今は軽いハイキング気分だけれど、夜動くのは危険だ。

 緩やかで楽ではあるが、奇岩の割れ目に沿って開かれたような道なので、下手をすれば足を踏み外す可能性がある。積雪のせいでどこまでが足場なのかの判断もつきにくい。

 クラウディオ達もこの道を登ってくるのだろうが、夜に襲われた場合、こちらまで深追いはしない方が安全だろう。


 そろそろ戦場になりそうな地域になってきたので地形を覚えながら進む。

 やがて、土産物屋や宿泊所らしき施設が並ぶ通りに出た。こちらでは大きな地震が起きなかったのか、建物にこれといった被害は無い。誰にも出会わないのは、すでに避難しているからだろう。


 商店街の先に目的の修道院はあった。

 扉は閉じている。誰もいないかなと思いつつ、脇の木の小窓に付いていたドアノッカーを叩いた。

 窓は開かなかったけれど、


「どちら様でしょう?」


 すぐに声が返ってくる。


「教理省異端審問局所属、使徒シスターアンドレイナと申します。聖槍の守護を命じられ参上しました」

「少々お待ちください」


 追い返されはしなかったけれど、入れてもらえない。しばらく待っていると扉が開いた。


「お待たせいたしました。そのまま聖堂へお進みください。司教がお会いになられます」


 それはどこだ? と思ったけれど、案内看板がある。アンドレイナ一行が院内に入ると扉が閉じられた。

 扉を開閉してくれたのは2人の修道士だ。

 修道院の人々も避難しているかと思ったのだが、そうではないらしい。


 指定された聖堂には、司教と、彼の両脇に修道士達がいた。

 アンドレイナは司教の前へと進み挨拶をし、ここへ来た目的を告げる。


「当方の槍が狙われているとの知らせは受けております。しかし、随分とお早い対応で正直驚きました。それに、来るならアイマーロ殿だと思っていたのですが、異端審問局が動きましたか」


 座ってくれと司教が手を動かした。

 聖堂には多くの長椅子が設えられている。

 けれど、話し相手は立っている。失礼になるし、立ったままでいようとしたアンドレイナだったけれど、ふと、ジョエレならどうするだろうという考えが頭をよぎった。


 彼なら率先して座る気がした。そうして部下達も座らせて、強引に休憩をとらせるに違いない。


「折角のお話です。座りましょう」


 いくら体力自慢達でも休憩は必要だ。

 アンドレイナが座ると部下達も倣ってくれた。上手くいってくれた事にこっそり胸をなでおろし、司教に向き直る。


「たまたまこちらに来ていたもので。それに、私達をこちらに寄越したのはアイマーロ神父です。司教の認識で間違いは無いかと」

「そうでしたか。彼が寄越したのであれば、全面的に信用していいのでしょうね」


 司教が軽く手を掲げると修道士達が散り、長椅子に腰掛けた。警戒されていたようだ。

 それは別にいい。

 重要な物を持っている以上、臆病にもなるだろう。


「こちらにも教皇庁から避難勧告が出ていると思うのですが、司教達はお逃げになられないのですか?」


 修道士達の数は10人20人どころではない。人数の多さが不思議だった。

 司教は祭壇の十字架の方へ顔を向け、悟ったような目になる。


「我々はずっと昔から聖槍を守るようにと言われてきましたから。槍を狙う不届き者からそれを守るために修行を重ねてきたのです。今こそその時なのでしょう」


 アンドレイナが首を巡らすと、司教の言葉を肯定するように修道士達が首肯した。聖堂に集う修道士達と一通り目を合わせた後、アンドレイナは再び司教に顔を戻す。


「失礼ですが、あなた方も戦力として組み込んでよろしかったりしますか?」

「ええ。戦闘に慣れている方に指揮していただく方が、微力な私達も有効活用していただけるかと」


 司教が笑顔で頷いた。

 アンドレイナは立ち上がり頭を下げる。


「ありがとうございます。あちらの人数がどれだけかは分かりませんが、こちらより少ない事はないでしょう。お力、ありがたくお借りします」


 個人の戦闘力で部下達が負けるとは思っていない。一番の懸念は人数差だったのだ。それが多少なり解消されるとなれば、これほどありがたい事はない。


「修道士の方々は何人くらい?」

「50人弱ですね」

「ここら一帯の地形図はありますか?」

「ええ。私の部屋に。すぐにご覧になられますか?」


 アンドレイナが頷くと司教が立ち上がった。彼についていく前に手早く指示を飛ばす。


「修道士の方々、2人1組になって登山道の哨戒に当たってください。異端審問官達、近隣施設から飲食料品や医薬品、暖をとるための燃料等を回収してきてください。クラウディオ達に奪われる前に確保しておきましょう。では作戦開始です」

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