7-20 崩壊へのカウントダウン Parte2
禍根どころか、事態は現在進行形で最悪に突き進んでいる。
ジョエレはめまいがした。
ぼんやりと、クラウディオが槍を手にした場合を想像する。それだけで身体に震えが走った。
本当にあの男は余計な事しかしない。
「まるで癌だな、あいつ」
込み上げる怒りは呟きと共に捨て、近くの椅子に座る。
「話がある。アンドレイナ、フアナ。座れ」
連れの2人に着席を促した。ルクレツィアもいるが、これからの話はもうすぐ価値の無くなるものだ。
追い払う労力が惜しいので無視する。
「今から言う事は口外禁止なんだが、それを聞いた上でしてもらいたい事がある。誰にも話さないと誓えるか?」
2人が頷いた。
なので、イベリア半島を走る鉱脈と聖槍ロンギヌスの関係を語る。双子槍の片方が抜かれたせいで、半島が崩れかけているという事まで。
初めて聞いたであろうアンドレイナの顔は強張り、槍の管理家として伝承を知っているフアナは表情を曇らせた。
「とまぁ。ここまでが、ジブラルタル側1本が抜かれた場合の話なんだが」
頭痛がしたので、ジョエレはこめかみを指で解す。
「楔のもう片割れ、モンセラート側まで抜かれると、鉱脈の崩壊が一気に早まる。そりゃもう、今から避難を呼びかけても、誰も逃げられねぇだろってくらいにな」
「な!?」
目を見開いたアンドレイナが立ち上がった。
そんな彼女をジョエレは上目遣いに見る。
「そ。だから、残る1本だけは絶対抜かれるわけにはいかない。少なくとも、今はまだ、な。この先言いたい事は分かるな?」
「クラウディオは私が止めに行きます。もとはといえば、彼は教理省が放ってしまった獣ですから」
そう言って彼女は身を翻した。その背にジョエレは呼びかける。
「まぁ待てよ。話はまだ終わっていない」
「ですが時間が!」
「モンセラートって言っても、どこに槍があるのか分かってんのか?」
「……いえ」
振り返ったアンドレイナが悔しそうに拳を握った。
「もう1本の槍はモンセラート山の修道院で守られている。修道院の場所はアルドが知っているからあいつに案内させればいい。修道院に入ってからは司教が案内してくれる。それでも途中までだが」
「クラウディオも正確な場所は知らないと?」
「槍のありかはな。けど、修道院までは行けるはずだ。ボルボン家側の伝承にも修道院の存在は伝えられてるからな。フェリペからそれを聞き出して向かったんだろうし」
フアナが頷いた。
伝承にモンセラートが記されていると肯定してくれたのだろう。
「アンドレイナ耳を貸せ。お前にだけ槍の正確なありかを教える」
アンドレイナが顔を寄せたので、聖槍までの正確な行き方を伝えた。教えた事が彼女の記憶に定着するのを待ち、その上で話を続ける。
「聖母像が置かれている洞窟、〈ロザリオの道〉っていうんだが、そこが最終防衛ラインだ。そこを抜けられたら、あいつの事だから、仕掛けなんてぶち壊して槍を奪う」
「了解です。部下達は全て連れていきますが、いいですか?」
「構わない。造反者どもを捕縛するくらいレジスタンスの連中で十分だしな」
「この地の人々の避難誘導、よろしくお願いします」
「ああ。任せとけ」
ジョエレが表情を緩めると、アンドレイナの表情も少し柔らかくなった。敬礼した彼女は今度こそ去ろうとする。
「アンドレイナ」
部屋からほとんど出掛かっている彼女にジョエレは再度呼びかけた。
「お前の所にそのうちダンテを寄越す。あいつが槍を抜けと言ったら、その時は躊躇わず抜け。で、お前達は全速力で逃げろ。ピレネー山脈を越えれば安全なはずだ」
弾かれたように彼女が振り向く。
「待ってください! 人々を助ける為に我々は動くのではないのですか!?」
「そうだ。今動かないと助かるものも助からなくなるからな。だが――」
まっすぐ見つめてくるアンドレイナの視線が痛いが、ジョエレはあえて受け止めた。その上で言葉を続ける。
「イベリア半島から溢れる大量の難民を、他の地域が吸収しきれるかは分からない。教皇庁がそれを無理だと判断したなら、逆に、人々を逃さないように動くのが仕事だ」
イベリア半島から人々を逃さない。それはつまり、沈む大地と共に住民も沈めるという事だ。
「そんな命令に従うのですか!?」
アンドレイナも言葉の意味に気付いたようで、叫び声が大きかった。
なんと言われようとジョエレの回答は変わらない。
最悪を回避する為に、冷静に冷酷に、悪い手を選ばねばならない時もある。
「従うさ。イベリアの人間の為だけに、ヨーロッパ全土を混乱させられねぇからな」
「どういう事ですか?」
「お前だって本当は気付いてんだろ? まぁ、今は何も考えずに行けよ。クラウディオをとっとと追いかけないといけないのは事実だしな。地震のせいで鉄道網は止まっているはずだ。バスを徴発して移動すれば、あいつらにだいぶ追いつけるかもな」
もう行けとジョエレは手を振る。
「もし槍を抜かねばならなくなった時、あなたもきちんと避難しますよね?」
なんとも心配そうな視線が向けられてきた。
「ああ。だから、お前はお前の仕事をしろ」
そう答えてもアンドレイナはしばらくその場に立っていたが、やがて走り去って行った。




