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堕ちた枢機卿は復讐の夢をみる  作者: 夕立
Ⅶ.掲げよ旗を

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7-17 聖槍ロンギヌス

 ◆


 会議を終えたディアーナが局長室に戻ると扉の鍵が開いていた。誰が開けたのか予想はついたので、気にせず入室する。

 中には思った通りステファニアがいた。


「マンマお帰り〜。急に会議なんて珍しいね?」


 ソファに転がっていた彼女が身を起こす。のんきに身体を伸ばし、ディアーナの方を向いたかと思うと顔を強張らせた。緊張した様子で立ち上がり流しに向かう。

 珈琲でも淹れに行ったのだろう。


「先に連絡を入れておきたいので掛けていらして、ボルジア卿」


 同伴者に席を勧め、ディアーナは受話器を取った。


「ああ、ダンテ? 旧フランス領に難民キャンプを作って対応するってジョエレに伝えてちょうだい。現地の事はあなた達の方が分かってるでしょうから、細かい判断は任せるわ。あと、できれば、彼に折り返し連絡をさせて」


 手短に話を終え、棚からヨーロッパ地図を取り出す。それを持ってレオナルドの対面に座った。

 そこにステファニアが珈琲を出してきて、席を外そうとする。


「ステフ。あなたもここで聞いておきなさい」


 ディアーナはソファの横を叩いた。

 ステファニアがそこに座ったのを確認して地図を広げ、イベリア半島が一面に描かれているページを開く。


「さっそく本題に入るけれど。イベリア半島にはね、ちょっと特殊な鉱脈が走ってるの。見かけ上の始点はジブラルタル、終点はモンセラートのね」


 半島の南西端のジブラルタルから、北東部、付け根にあるモンセラートへ指を走らせた。

 そこには赤で線が引かれている。

 この地図は元々ベリザリオが持っていたもので、彼によって引かれていた線だ。


「けれど、この鉱脈は、そのままの状態だと自然崩壊を起こしてイベリア半島ごと海に沈んでしまう。それを防ぐ為に、鉱脈の両端に楔が刺されていた。なのに、片方が抜かれたせいで半島が壊れかけている。先程の会議で、そうあなたは仰いましたね」


 地図に落としていた視線を上げてレオナルドが見つめてくる。

 ディアーナは頷いた。

 鉱脈に刺されている楔の名こそ聖槍ロンギヌス。所有を巡って問題を起こしている双子槍だ。


「ですが、やはり私は不思議なのです。そんなに重要な事が誰にも引き継がれずにいただなんて。本当に失伝していたのですか?」

「嘘をついて私に何の得があるのかしら? 禁書架で資料を見つけるまでベリザリオも知らなかったらしいから、本当に忘れられていたのだと思うわよ」


 聖府図書館。

 そこに、禁書と呼ばれている、一般の目には触れさせられない書籍や資料が収蔵されている。


 そんな面白そうな物をベリザリオが見逃すわけがない。枢機卿になって閲覧資格を得た彼は足しげく通っていた。

 そして、この事実を知る。


 事が事なので下手に口外はできない。

 とりあえず、真偽を確かめにイベリア半島に行ったらしい。そうしたら、槍の管理を任されている者達がいて、槍も実在していた。

 ディアーナはそう聞いた。


「それを、あなたとベリザリオ卿はご自身達の胸にだけしまわれた。他の枢機卿になり伝えていて欲しかったと、個人的には思うのですが」

「あなたなら広めるというのかしら?」

「そちらの方が何かあった時の対処が迅速でしょう?」


 それも1つの考え方だと思う。けれど、ベリザリオもディアーナも、その前段階で不安が拭えなかった。


「槍の存在が公になれば、悪事に利用しようとする輩が出てくるでしょうね。それに、たぶん、イベリアの住人は不安を覚えて、半島を出ようと民族大移動のような現象も起きた。それを防ぐ為に私達は口をつぐんだ」


 ベリザリオがこの事を教えてくれたのもディアーナが枢機卿に昇進してからだ。その上で口止めもされた。

 それくらい彼は話が広がるのを警戒していた。

 正確には、曲解された話を聞いた市民がパニックを起こすのを。

 故に、間違っても話が広がらないように、ロンギヌスに関する業務は全て自分1人で行っていた。

 ディアーナに話したのは、それこそ、何かあった時の為の保険だろう。


「それは……しかし、その可能性は残りますね。私の考えが及んでいなかったにも関わらず、過ぎた事を申しました」


 レオナルドが頭を下げた。

 そんな事をしてもらう必要を感じられずディアーナは手をかざす。


「気にしないでちょうだい。あなたの考えも1つの在り方だと思うわよ」


 そのまま珈琲に手を伸ばした。レオナルドもカップに手を伸ばす。ステファニアも珈琲が欲しくなったのか流しに行った。


「それにしても、自壊する鉱脈などというものが存在するんですね。むしろ、なぜ壊れずに残っていたのかが不思議ですが。プレートの移動に合わせて壊れていてもおかしくなかったでしょうに」


 再び地図を見ながらレオナルドが言う。


「あら。この鉱脈、本来なら自壊なんてしないのよ? だからイベリア半島なんて土地があるのだから」

「? ですが、それでは話が矛盾しますが」

「そうだよマンマ。最初に自壊鉱脈って言ったじゃない」


 行儀悪く、ステファニアは立ったまま珈琲を飲んでいる。

 レオナルドのいる手前説教をするわけにもいかず、ディアーナは溜め息をついた。そうして、自らも地図に目を落とす。


「この鉱脈が壊れてしまうようになったのは、第五次世界大戦の終わりに〈終末の天使の号笛(ラグエルズホルン)〉が投入されたからよ。あれの発する波動のせいで共振崩壊を起こすようになってしまった」

【共振】

物質は、単位時間当たりの固有の振動数を持っています。(1秒間に○○回震える、みたいな)

これを固有振動数と言います。


この固有振動数と外部から与えられる力(風や音、周波数を持つものならなんでも)の波長が一致した場合に、振れ幅が大きくなること。(詳しく知りたい方は流体工学の勉強にGO!)


共振が起きている間、物体はエネルギーを取り込み続け、理論的には無限に発散するらしいですが、現実では物体が耐えられなくなって壊れます。


例)

低層階でエアロビのレッスンをしていたら、生徒さん達の刻むステップのリズムとビルが共振を起こして、高層階では大地震のような揺れが起きたそうな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 共振怖いですねー!! ただ、確率としては低そうですね。 そう簡単に起きる事象なら、ちょっとした切っ掛けで振動が起きてしまい、世界中で共振地獄ですよ! 学校の先生とかが、「お前ら静かにしろ…
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