7-15 マドリードの乱 Parte3
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「駄目です。司教フェリシアーノの一行、止まりません!」
部屋に飛び込んできた衛兵が叫んだ。
「ええい、たかだか2、30人がなぜ止められんのだ!」
「わ、分かりません。ですが、いかんせん銃が全て使えない状態でして――」
「銃器の整備もお前達の仕事だろうが! なぜ普段から銃の手入れをしておかんかった!」
報告に来た彼を評議員達が怒鳴りつける。
クラウディオは引っかかりを覚え、会話に割り込んだ。
「全ての銃が使えないのか?」
「そうなのです。分解してみても特に不具合は見られないのですが、予備も全て」
「聖遺物の中にそういう能力を持つものがあったな」
それに、先程テレビにふざけた格好で出ていたあの男。多少くぐもっていたが、あの声は《恋人》に暗殺を依頼した奴だ。
彼が呼びかけた"アンドレイナ"は、聖人アンドレアの名を持つ《十三使徒》の事ではないだろうか。その地位に女子が就いた場合、呼び名はアンドレイナを使っていた。
使節団に随行している異端審問官の中に使徒名持ちの女がいるのだとしたら、今の状況もあり得なくはない。
「教皇庁の連中の中に、鞭を持った女は確認できているのか?」
「鞭、ですか? 確か、マザーが鞭を持って先頭を走っているという話なら聞きましたが」
「レオナルドの代理とか言っていたあの女がか?」
衛兵の話が本当なら彼女は身分を偽っている。代理として寄越したくらいなので、采配をしたのはレオナルドだろう。
思い返してみれば、ディアーナの代理だという男も怪しい奴だった。王宮の中では大人しかったものだが、一瞬テレビに映し出された姿は、荒事を嫌う国務省の官僚とは思えない。
(馬鹿息子といい、女狐といい。2人揃って本人が出てこなかったのは、この地方の不穏な動きを掴んでいたからか?)
そうして、こちらが尻尾を出したら追い詰められる人員を送り込んできた。
この考えが正解に思える。
「相変わらず忌々しい連中め!」
2人の顔を思い出したら腹が立って、クラウディオは感情のまま衛兵を蹴りつけた。さらに、驚き固まっている相手に怒鳴りつける。
「何をぼさっとしている。銃が使えないと分かっているのなら、ナイフでも棒でも使えば良かろう! とにかく鞭を持っている奴を潰せ。そうすれば銃は生き返る。ああ、鞭は回収して来るのだぞ。さぁ行けっ!!」
再度蹴りつけると、衛兵は転がり逃げるように部屋から出て行った。
彼の出て行った扉をクラウディオは睨む。
腸が煮えくり返りそうだった。
ベリザリオ亡き後も、国務省へ手を伸ばす邪魔をし続けてくれたディアーナ。
クラウディオから枢機卿の座と家督を奪い、こんな遠隔地へ飛ばしてくれたレオナルド。
この地で再起を図ろうにも奴らが邪魔をする。
(この地を掌握したら、真っ先にあの2人を潰してくれる)
胸の中で怨嗟の言葉を吐きながら椅子に戻る。
途中、座ったままであるフェリペの姿が目に入った。部屋に集う者のほとんどが浮き足立っている中、彼だけは平然としている。
なぜその態度を保ち続けられるのか気になり、クラウディオはフェリペの近くに寄った。
「随分と余裕ですな、フェリペ殿」
「それはそうだろう。何せ僕は聖槍を持っているのだ。一時的に押されているように見えても、最後に笑うのは僕だ」
ゆったりとフェリペは槍を撫でる。
たかだか伝承を信じ続けられるのがクラウディオには不思議でしょうがない。
「その槍、どんな力を持っているというのです? 私は枢機卿だった身ですが、あなたが言い出して始めて知った代物です。本当に教皇庁と関わりが?」
「古文書を読み込めば書かれているのだろうが、詳しい力までは知らないな。僕が読み終わる前に古文書はフアナの手に渡されてしまったし。だが、ベリザリオやディアーナといった重鎮が定期的に確認に来ているのだけは確かだ。教皇庁にとって、表には出せないけれど重要な物なのは間違いないだろうな」
「待たれよ。そんな不確かな状態で大見栄を切られたのか!?」
フェリペの考えの浅さが信じられなかった。
動いていたのがベリザリオとディアーナであれば、国務省管理の何かであるのかもしれない。だから、クラウディオが知らないのも納得できる。
けれど、教皇庁にとって本当に超重要物である場合、下手に手を出せば逆鱗に触れるだけ、という考えは無かったのだろうか。
(ああ、いや。重要な物だからこそ交渉に使えるのか)
運悪くレジスタンスが現れたり地震が起きはしたが、対教皇庁に限ってだけ見れば悪くない。
「けれど、思ったより力を感じられないのはクラウディオ殿の言う通りだ」
フェリペが槍に視線を落とした。膝の上のそれを撫でていた手がふと止まる。
「そういえば、この槍にはもう片割れがあったな。我が家が管理している物とは別に。片方しか持っていないせいで効果が薄いのかもしれぬ」
「片割れ?」
「そう。確か、どこかの修道院が管理しているとか書かれていたはずだが……。どこだったかな」
思い出せないのか、フェリペは顎をさすりつつ呑気な顔で天井を見上げている。
片割れの話は、たぶん、とても重要だ。
さっさと思い出せと殴ってやりたいが、実行するわけにもいかず、クラウディオも候補地となりそうな修道院を頭の中で並べていく。
(ボルボン家の槍はジブラルタルにあった。重要な物であるなら、近くには置くまい)
イベリア半島の南端ジブラルタル。そこから離れるとなると、北東部の修道院、もしくはイベリア半島外の確率が高いのだろうか。
「教皇庁から聖地と認定されているモンセラート。あそこにも修道院がありますね」
「モンセラート?」
モンセラート、モンセラート、と、フェリペが同じ言葉を繰り返す。
「そこだ。確か、そこに隠されているとあったはずだ」
そうして、ぽんと手を打った。
もう少し緊張感を持てと指導してやりたくなるが、ここは我慢だ。クラウディオは平静な顔をして立ち上がった。
「ならばその片割れ、私が取ってきましょう。なぁに、修道院の人間なら、私の命令には逆らえますまい」
「1人だけ逃げるおつもりか、クラウディオ殿!」
周囲の評議員達が噛み付いてくるが、だからどうした。
「何を仰るのだ各々方。フェリペ殿の話が事実なら、もう片割れを守ろうと教皇庁が軍を出してくる可能性が高い。むしろ、私が一番危険な役割を引き受けるのですよ」
「そう言われればそうではあるが、しかし」
「良いではないか。僕達はレジスタンスを抑えつけて、クラウディオ殿が槍の片割れを持ち帰るのをのんびりと待つとしよう。レジスタンスとの戦闘自体はこちらが優勢なようだし」
ざわつく室内を突っ切りクラウディオは廊下へ向かう。
「今王宮内で暴れている連中が手に負えないようなら、しばらく身を隠すのも有効かと思われますぞ。選択肢に入れておかれるとよろしかろう。イベリア軍、私の手勢として少々借りて行きますからな」
そう言い置いて部屋を出た。
沈みゆく泥舟に最後まで乗っているのは御免だが、まだ希望も見える。リスクは大きいが、大きなものが欲しいのなら、それに見合った危険は受け入れるべきだろう。
教皇庁に牙を剥くのだ。背負うべきリスクとしては妥当なものだろう。
それでも最後に笑うのは自分だ。




