7-13 マドリードの乱 Parte1
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「最悪」
受話器を置いたフアナが呟いた。ジョエレはそちらに視線を向ける。
「その様子だと、ロンギヌスは抜かれてたみたいだな」
「そっ。しかも、警備を殺して強奪。古い死体から新しい死体まであったらしいから、しばらく詰所に誰かいて、出勤してきた交代の人員も殺してたんだろうね。お陰で、私達は今の今まで槍が抜かれた事に気付かなかった、と」
機嫌悪そうに彼女は爪を噛んだ。駅長室の中を行ったり来たりして、最後はソファに飛び込む。
「ジョエレさん、全然動じないね」
「そう見えるか? こっちに来てから最大級に悩んでんだけどな」
ジョエレは軽く返事をし、フアナに向いていた顔をテレビの方に戻した。
画面には、建物の倒壊した街中で撃ち合いをしているレジスタンスと軍の姿が映し出されている。どちらも弾幕の中にむざむざ飛び込んで行ったりはしないが、散発的に衝突が起きていて、その時被害が出る。
『パレードから1日経過しましたが、ご覧のようにマドリード市内各地で銃撃戦が繰り広げられております。彼らはレジスタンスを名乗り、評議会の解散と、大司教が議会へ関与するのをやめるように求めております。代表者はフアナ・デ・ボルボン――』
画面の片隅にフアナの写真が表示された。なぜか、その隣にジョエレの写真まで出てくる。
『現在教皇庁の司教がお1人行方不明になっており、議会が捜索中です。彼の名はジョエレ・アイマーロ。フアナ・デ・ボルボンにさらわれたという情報も寄せられており、当局では更なる情報提供を求めております』
「俺もお前も一躍有名人だな」
「こういうなり方は嬉しくないけどね」
フアナが溜め息をついた。ジョエレにしても嬉しくないが、きちんとさらわれた事になっているだけ今は良しとする。
「まぁいい。必要な情報は入ってきたし、そろそろ俺達も動くか。猶予はあまり無いしな」
テレビを消し扉へ向かう。ノブを掴もうとしたら、その前にノブが回り扉が開いた。そこにいたのは赤髪で巨乳の女。
「あら?」
一切警戒していない表情で彼女が声を出した。
ジョエレは反射的に銃を掴み、女の顔に照準する。
「こんな所にまで何の用だ?」
「確かに用はあるけど、ここで会ったのは偶然っていうか」
「随分と都合のいい偶然だな」
「なんでそこ、いきなり険悪な雰囲気になってるの!?」
フアナが2人の間に割り込み、手で両者の距離を押し開いた。そうして2人の顔を交互に見る。
「ていうか、2人って知り合い?」
「うふふ。ちょっと言えない関係っていうやつかしら」
「喋れなくなるように、今すぐ口を吹き飛ばしてもいいんだぞ」
「やだ怖い」
赤毛の女――《恋人》は不敵な笑みを浮かべフアナの後ろに縮こまった。フアナは呆れた目で《恋人》を見、ジョエレには疲れた顔を向ける。
「ジョエレさんは銃を降ろして。ルクレツィアも遊ぶのは止めてよね」
「はいはい」
《恋人》がごめんとばかりに小さく舌を出した。フアナに睨まれたので、ジョエレは銃をしまう。
「こいつもレジスタンスの一員だったりするのか?」
「そうだよ。色んな情報を集めてきてくれる有能さんなの。だから喧嘩は駄目」
「そういうわけだから仲良くしてちょうだい、ジョエレ・アイマーロ」
《恋人》は後ろで手を組みジョエレの方へ歩いてくる。無駄に近い所で止まり、耳元で囁いた。
「今度会った時は名前を教えるって言ったわよね。ルクレツィアっていうの。覚えてね」
「仲良くするつもりはない。変な動きをしたら、その時点で殺す」
ひと睨みしてジョエレは身を翻した。
「ジョエレさん! 司祭様が殺すって言ったり銃撃ったりしないでよ!」
フアナが苦情を訴えているが、無視して足早に通路を歩く。
レジスタンスは廃駅をマドリードでの拠点にしているらしい。地下の施設なので地震には強い。倒壊を気にしないですむ分だけ、ここを根城にしてくれていたのは幸いだった。
連れて来られた時はまっ暗だった構内だが、今は最低限の明かりは灯っている。しばらく歩くと広めの空間に出た。
「ダンテ、アルド」
そこにいた2人をジョエレは呼んだ。そうして、こっちに来るよう指を動かす。
「怖い顔してどうしたの? あ、これ頼まれてた奴」
「なんでもない。悪いな」
ダンテから三角に尖った目出頭巾と儀礼剣を受けとった。
「アルドは俺と一緒だ。レジスタンスの連中と一緒にクラウディオ一派を叩きながらフェリペを見つけ出して、奴から槍を奪うぞ」
「ほいよ」
「ダンテ、お前は今すぐ"熊"と連絡を取れ。ロンギヌスが抜かれたと言えば話は通じる。そんで、教皇庁がどう動くか聞いてこい。難民が大量に出た場合、受け入れるのか、見捨てるのかな」
「はいはいっと。相変わらずよく分かんない仕事ねぇ」
頭を掻きながらダンテは闇に消えて行った。入れ替わりにフアナがやってきて尋ねてくる。
「準備いい?」
「ああ」
「ん」
頷いた彼女が数歩進み声を上げた。
「みんな待たせてごめんね! これから私達はマドリード王宮を目指す。そこにこの地方を腐らせた連中が集まってるからね。一網打尽にしてやろう!」
空間に待機していた者達から気合の声が上がる。
「計画通り地上に出るまでは静かに。そこからは王宮まで一気に走るよ! 一般人の巻き込み厳禁! じゃ、行こう」
歩きだしたフアナにレジスタンスが続く。ジョエレ達も紛れた。ジョエレとアルドは廃駅から出る前に頭巾を被り顔を隠す。
現在も使われている駅舎側は騒がしかった。
確認しに行くわけにもいかないので断定は出来ないが、おそらく列車が止まっているせいだろう。
巨大地震だけでも大災害なのに、レジスタンスまで出現してしまったマドリード。
市民は安全な場所を求め、市外の親類友人を頼ろうと駅に詰めかけたに違いない。
けれど、強い揺れがあれば電車は止まる。
移動したいのに電車が動かないせいでこの騒ぎ……なのだろう。昨夜から断続的に揺れは続いているし、鉄道網の沈黙だけは確実だと思えた。
人混みに紛れ移動し、地上に出た者から駆け出す。
ジョエレも走り出した。
集団が走る予定のルートから離れた場所で他のチームが銃撃戦を繰り広げている。彼らは王宮に詰める兵を減らすための囮だ。
半分以上捨て駒の役回りだが、これが上手く働かなければ主攻への妨害が大きくなり過ぎる。フェリペのもとに辿り着くまで、どれだけの時間を要するのか謎だ。
槍さえ抜かれていなければ囮など使わない手もとれた。
けれど、今は時間が何より大切だ。
素早く確実に相手の喉元に食らいつくには、敵の戦力を分断した上で、本体に奇襲を掛けるしかない。
市街を駆け抜けている途中、マンションの上で何かが光った。
(いた。あそこか)
目ざとくそれを見つけジョエレは集団から離れる。
マンションの階段を駆け登り屋上に出ると、取材中のカメラクルーがいた。
眼下の映像を得る事ばかりに気がいっているらしき連中の中でも、リポーターの肩にジョエレは手を置く。
「おい」
「はっ、はいっ!?」
びくっとリポーターの身体が震えた。こちらを振り向いた彼は、ジョエレの姿を確認して更に固まる。そんな彼からジョエレはマイクを奪い取り、
「カメラよこせ」
カメラマンに命令した。
カメラのレンズがこちらを向いたので、そこに向かい喋る。
「アンドレイナ、お前が張れる範囲でフィールドを全開にしろ! 今からそっちに行く。合流するぞ。敵は議会だ!」
言い終わったら無防備なカメラマンの鳩尾に拳を叩き込み地面に転がした。そのまま反転し、固まったままのリポーターも気絶させる。
不要になったマイクをリポーターの手に返し、カメラは空だけを映すように置き直した。
これでしつこく付け回され放映される心配は無い。
階段の降り口に戻ると、そこで待機していたアルドが言ってくる。
「あんたこの為に顔隠してたのかよ」
「それもあるけどな。まぁ、司祭が堂々とレジスタンスに参加して暴力振るってる様子なんて、一般人は見たくねぇだろ。仮装だと思わせておいた方がいい」
「違いねぇ」
「フアナ達から少し遅れたな。急いで戻るぞ」




