7-12 隠遁の裏で
◆
ジョエレ達の消えていった小道への入り口をアンドレイナはバルコニーの上から眺めていた。
先ほど銃声と呻き声が聞こえて以来、警察官が入り口付近で団子状態になって怒声を飛び交わせている。
「あのふたり大丈夫ですかね?」
彼女のすぐ近くに立っている部下がこぼした。
「どうでしょうね? ですが、あちらは彼らの仕事です。私達はこちらで仕事をするとしましょう」
そう言うとアンドレイナは身を翻し屋内へ入った。歩きながら手を叩き指示を出す。
「この建物が崩れない保証は無いので外に出ますよ。喫茶店の従業員を始め、建物内にいる人々にも手分けして声掛けを」
「はっ」
ばたばたと動き出した部下達を横目に自身は大通りに出た。
山車が倒れ大騒動になっているが、それ以外にも、地震前に警官隊に撃たれた者達が転がっている。
彼らが手を出したのはこの地域の有力者だ。
止血程度ならしてやれるが、それをしてしまえばフェリペから不評を買うだろう。
しかし、
「手の空いている人達は手伝ってください。この状態では救急も中々来れないでしょうから、怪我人に止血だけでも」
袖をまくり、近くで倒れている者の傍で膝をついた。怪我人本人の服を一部破き、それで傷ついている部分をきつく縛る。
体内に弾が残っているなら取り出してやったほうがいいが、そこまでは無理だ。できる範囲の中で、今できる最善を施していく。
建物の倒壊した現場で、部下達が瓦礫の下から人を助け出しているのが見えた。
(その調子でお願いしますよ、皆さん)
声には出さず自分の仕事を続ける。
言ってはなんだが、今の状況は自分達にとって悪くない。被害者の救出に奔走する姿を見せれば、人々の教皇庁への好感度を上げられるだろう。
何より、一介の司教一行であるとイメージ付けるのに使えるのが大きい。
何もないとは思うが、ジョエレの動きの方に若干のキナ臭さを感じた。もしもに備えて実力は隠しておいた方が賢明だ。
そうしていると、
「失礼、司教フェリシアーノ。この状態ですので、王宮にお戻りいただきたいとフェリペが申しております」
イベリア軍服を着た男が話しかけてきた。
やりかけの人物の治療まで済ませアンドレイナは立ち上がる。
「ちょうど良かった。私も、警察か、それに近い方を探していたのです。司教アイマーロが何者かに連れ去られてしまって」
心配している表情を顔に貼り付けた。
「連れ去られた……で、ありますか?」
「ええ。揺れが来る前にナイフを突きつけられて。あのどさくさで、どこかに連れて行かれてしまったようです」
男が困り顔になったが、言葉は止めない。
「地震の対応でお忙しいでしょうが、彼の捜索もお願いしてよろしいですか? いかんせん、私達では土地勘が無いので」
しなを作って彼の身体に身を寄せ下から見上げてやると、男の喉がごくりと鳴った。了承の言葉をもらえたら、アンドレイナは笑顔で礼を言い身体を離す。
そうして、周囲で作業を続けている部下達に声をかけた。
「私は先に王宮に戻りますが、あなた方は各自の判断で切り上げてくるように」
周囲からの返事を確認して1人王宮に向け歩き出した。
すると、慌てた様子で男がアンドレイナの横に並ぶ。
「お待ちを! 王宮までは自分が警護につきますので」
「あら、そうなんですか? ありがとうございます」
微笑み頭を下げた。
男が先導して歩き出したので後ろについていく。
ジョエレからは「後を頼む」と言われた。
どうしろと? と、突っ込みたくなる事この上なしだが、こんなのは、バルトロメオと組んでいる時はしょっちゅうだ。
それに、信頼してもらえているのだと思うと少し嬉しい。
今の状況ですべき事は、ジョエレの帰り場所を確保しておく事だろうか。その上で、地元民の好感度を上げ、ボルボン家始め、地方有力者達に貸しを作っておけばなお良いだろう。
目の前を歩く男はジョエレがさらわれたという事にするのにいい援護をしてくれるかもしれない。
上手くやれば、ジョエレが危険に巻き込まれた非を地方議会になすりつけて、こちらの有利も作れるだろう。
いつもと勝手は違うが、これも戦いの1つの形態かもしれない。
◆
「なんなのださっきの揺れは! それに、パレード中のけしからん連中もだ! 忌々しい!!」
マドリード王宮のあてがわれた部屋で、クラウディオは司教杖を振り回していた。たまに壁や調度品に杖が当たると手が痺れ、それがまた怒りを誘う。
「何か言ったらどうだ!」
床に杖を投げつけながら怒鳴った。絨毯に衝撃を殺された杖は、ころ、と、1回転だけして止まる。近くにきたそれを、赤髪の女がヒールのつま先でつんと蹴った。
「そんなにお怒りになると血圧が上がりますよ、大司教サマ」
「誰が怒らせてると思っとるのだ!」
「そんな言われても、地震なんてアタシ達にはどうしようもないし、あの連中の事だって知らなかったしで、ねぇ?」
「言い訳など聞かぬ!」
「そう仰らないでくださいよ。それにしても、教皇庁から独立するなんて啖呵切ってなくて良かったですね。本当は、教皇庁からのお客サンの前で宣言するはずだったんでしょう? この状態で教皇庁にまで睨まれたら、色々やばかったじゃないですか」
女は杖を拾うとクラウディオの手に返してくる。受け取った杖を見ていると、昨夜これで1人殴った事を思い出した。
その男は先程の会議で話題になっていた。
「そういえば、教皇庁の寄越した司教が1人行方不明になったらしいな」
「あら、そうなんですか?」
女はキャビネットからワインを取ってきて、椅子に戻るとグラスに注ぐ。深い赤色の液体が揺れた。彼女はそれにわずかに口を付け机に置く。
再度持ち上げようとしたところにクラウディオは杖を振り抜いた。
澄んだ音がした次の瞬間には赤い液体がこぼれ、垂れる。
「仕事の追加だ。その男を誰より早く見つけ出して殺せ」
「いいんですか? そんな事したら、教皇庁と無駄なシコリできちゃいますよ?」
「だから誰より早く見つけ出してと言ったのだ。行方が知れぬ間に死んでおれば、犯人は不明のままだ。私に嫌疑はかからん」
「構いませんけど、特定人物の暗殺はお高いですよ?」
「私を誰だと思っているのだ?」
クラウディオが女を睨みつけると、彼女は苦笑した。
「確かに失礼な質問でしたね。申し訳ございません」
女の言葉だけは丁寧なのに、態度は友達でも相手にしているかのようだ。
「それで、その人どんな見た目してるんです?」
「どんな?」
詳しい見た目と言われると細かい特徴を覚えていない。ただ、会った瞬間に、いけ好かない男の影が重なったのだ。
あの顔とあの声で喋られると無性に腹が立ち、殺したくなってくる。
「古い人間だが、ベリザリオを知っているか? 先代デッラ・ローヴェレ卿、あいつに似た男だ。たぶん見れば分かる」
「ベリザリオに似た男ですかぁ」
女が立ち上がった。
赤髪に指を通すと、いつものように1輪だけの白百合が現れる。それを彼女はワインの池の上に置いた。
「見つかるか分かりませんがやってみましょう。期待しないで待っていてください」




