新入生の見た景色
――新年度、生徒総会。
生徒会役員により、昨年度の活動報告や今年度の活動方針及び予算の承認を執り行う場である。
例年ほとんどの生徒にとって他人事であり、睡魔と戦うかこっそりスマホをいじる場であるのだが、今年は様相が異なる。
「予め言っておくけど、これは君らの権利であって義務じゃないから、無理に出なくていいからね。お帰りはあちら」
そう言って生徒会長・玖珂三月は解放された体育館の出口を手で示す。
「あと、スマホね。僕に関しては好きに撮って好きに拡散していいよ。他の人は禁止。庶務の人写真映り気にするみたいだからさ、あはは」
ケラケラと笑うと、舞台袖から冷ややかな視線を向けるまほらをよそに会場からも笑いが漏れる。
「ウソ、マジで撮っていいの?」「三月様神過ぎ!」「緋色ちゃんもダメですか!?」
男女問わず無数のスマホが壇上に向き、玖珂の姿を収める。きっとこれらは程なくネットの海に拡散される事だろう。
「スマホに夢中なのも構わないけど、その間に僕がしれっととんでもない議題通すかもしれないから、一応注意はしておいた方が良いよ?例えば――」
玖珂は少し考えたフリをして、冷ややかに笑う。
「スマホ出してる人退学、とかさ。まぁ、それは冗談として、一応僕は生徒会長って言う権力者な訳じゃない?権力ってのは、常に民衆が監視するべきって事。はい、難しい話は終わり。次は副会長に頼もうかな。緋色ちゃん、マイク」
玖珂に促されて副会長・久留里緋色も壇上に上がる。
「皆さん、おはようございます!副会長の久留里緋色です!」
「緋色ちゃん写真は?NG?」
「ん?うちは別にオッケーっすけど」
生徒達から拍手と歓声が起こる。
「だって。で、緋色ちゃんは一年で副会長になった訳だけど、今年は会長選挙出るの?」
壇上で玖珂と緋色のやり取り。
「そうですね。出来ることなら、とは思ってます」
玖珂は微笑ましく見守りながら頷いてみせる。
「なるほど、じゃあ折角だからこの場でみんなにお願いしてみたら?」
まほらは眉を寄せ、会場も少しどよめく。
「はいっ!九月になったら、生徒会長に立候補します!その時は、是非清き1票をお願いしますっ!」
舞台袖でまほらが頭に手をやり大きなため息をつく。会場では凪原も同様の呆れ顔。
玖珂はしてやったりとばかりに久留里を指差してニコリと笑う。
「はい、コレが事前選挙ね。鴻鵠館総則三十八条違反。立候補の権利を失います」
久留里は驚き目を見開く。
「えぇっ!?会長が誘導したんじゃないっすか!?」
「困ったねぇ、これじゃ緋色ちゃんは立候補すら出来ないね」
そして玖珂は生徒達の方を向いて手を広げる。
「じゃあ、みんなに議題として提起してみようか。今の緋色ちゃんの違反行為は厳格に処分するべきか、否か。許してあげて、と言う人は拍手でお応え下さい」
すると、会場からは万雷の拍手が起こる。拍手に混じって、口々に「玖珂くんひどーい!」「でも素敵ー!」「緋色ちゃんがんばれー!」と声援が飛ぶ。
その声援を受けながら玖珂はにっこりと久留里に笑い掛ける。
「賛成多数につき、今回はお目こぼしかな。よかったねぇ。――次もみんなが許してくれるといいね」
冗談めかしているが、緋色は背筋にゾクリと冷たいものを感じる。だが、目を逸らさずにこくりと力強く頷く。
「……いえ、肝に銘じます!」
「じゃあそのまま各部活の活動報告行こうか、はいどうぞ」
玖珂は今度は舞台袖のまほらに振る。
「それでは、各部活動の活動報告を行います。部活動全32個、同好会8個、詳しい活動実績はお手元に配布の資料をご覧ください。目立ったところですと、水泳部と、剣道部が全国大会に出場、優秀な成績を収めました」
玖珂や久留里と違い、まほらは舞台袖で淡々と役割を遂行する。あくまで彼女は庶務。写真云々を差し引いても前面に出るつもりはない。
当然まほらにも黄色い声援が飛び交う。ほとんどが女子である。部活動報告を終えると、マイクは再び久留里の手に戻る。
「えーっと、会長。ちょっと良いですか?」
久留里の呼びかけに玖珂は笑顔で指で丸を作る。
「オッケー。好きにやっちゃって」
彼らの総会に台本など存在はしない。久留里はその信頼の重みに思わず口元が弛む。
「はいっ!その紙に色々書いてありますけど、何だかんだ一年生は生の声聞きたいっすよね?文字で書いてあってもよくわかんないっすよね?」
嬉々として同意を求める壇上の久留里に凪原は白い目を向けて呟く。
「……親父さんに謝れよ、本当」
久留里の父は大手新聞社の政治部デスクである。凪原のぼやきは当然久留里の耳には届かず、彼女の言葉は続く。
「と言うわけで、直接話を聞きたい部活動を募っちゃいましょう!一年生!どの部活に話が聞きたいっすかー!?」
久留里が元気に手を挙げる。だが、このテンションにいきなり合わせられる胆力を持つ一年生はなかなかいないだろう。庶務のまほらはマイクを持ってパタパタと新一年生の近くへと向かう。
まほらの姿を見て、彼女のファンである新一年生女子が小さく手を挙げる。そして、それを見逃すまほらではない。急ぎ足で彼女の元に向かい、マイクを口に近づける。
「ふふっ、ありがとう。どうぞ」
手を挙げづらい一番手。自然とまほらの口からお礼が漏れる。
「あっ、はいっ!わた、わたしは!ちゃどうぶの事が知りたいです!」
まほらが優しく小声で『さどうぶよ』と囁くと、彼女は真っ赤な顔で訂正する。
「茶道部の事が知りたいです!」
それを聞いて壇上の久留里は嬉しそうに全校生徒の中から一瞬で黄泉辻を見つけて手を向ける。
「茶道部っすね!これは何ともお目が高い。では、茶道部部長!私も仲良しの天使の中の大天使、黄泉辻渚センパイ!壇上へどうぞ~」
開会付近と比べると、久留里のマイクパフォーマンスもだいぶ砕けたものになってくる。
「うえぇぇ!?これ絶対仕込みだよねぇ!?こんな偶然ある!?」
凪原はにっこりと微笑み、黄泉辻の肩を叩く。
「偶然じゃねぇ、運命だ」
「他人事だと思って!」
久留里は壇上で小さな全身を使って、黄泉辻に向けて大きく手を振る。
「渚センパーイ、早く早く~。……では、センパイが来るまでの間とっておきのエピソードトークをしちゃいます。渚センパイは――」
「はい、着いた!」
息を切らせて黄泉辻は壇上に駆け上がる。
「おっ、おまっ……お待たせひました!ちゃどうぶ部長、黄泉辻渚です」
隣で久留里が首を傾げる。
「さどうぶっすよ?」
「し知ってるから!間違えただけだから!」
そのやり取りに一年生を中心にクスクスと柔らかな笑い声が広がる。リラックスした雰囲気で、少女は黄泉辻に質問をする。
「茶道部、って興味はあるんですけど難しそうで……」
「大丈夫、あたしも高校から始めたから。かわいい着物もいっぱい貸せるし、着てみたいなってだけでも大歓迎だよ」
黄泉辻はそう言ってにっこりと笑う。
そして、久留里の司会とまほらのサポートの下、野球部、剣道部と紹介を終える。
「じゃあ、キリのいいところで、次で終わりにしましょう」
――四つめで、キリがいい……?
ほとんどの生徒の疑問を置き去りに、久留里は最後の挙手を募る。
「はい、そこのメガネの子!」
曖昧な久留里の指示と指先を頼りに、まほらは正確にそこに辿り着く。指名されたのは眼鏡をかけた真面目そうな女子。その子の傍にしゃがみ、マイクを向ける。
「……この帰宅部?って、部活なんですか?」
久留里はニィッと嬉しそうに口角を上げる。
「はーい、最後に来ました!うちもお世話になってる帰!宅!部ッ!鴻鵠祭での奇跡の逆転劇、是非一年生にもお見せしたかった!では、部長の凪原センパイ!こちらへどーぞ!」
「え、俺?」
凪原がキョトンとした顔で自身を指すと、黄泉辻はニコニコと微笑みながら、凪原の肩をポンと叩く。
「運命、だっけ?」
「黄泉辻さん、一緒に来て下さるんですよね?」
「頑張って!」
どうあっても着いてくる気配はない黄泉辻に送り出され、凪原は壇上へと向かう。
まほらは緩みそうな口元を右手で覆い隠し、左手でマイクをメガネの子に向けている。やがて、凪原が壇上へと辿り着く。
視界の先には約600人の生徒達。思わず引きつり笑いが顔に出る。
(……な、なんじゃこりゃ)
ライトの熱気、幾重にも折り重なるざわめき。足も、手も気付けば震えている。視界の先にまほらを見つけると、まほらは自身の口を押さえた手を一瞬離し、小さくひらひらと凪原に向けて振る。その口元は、期待に満ちて笑みが堪えきれない様子だ。
「帰宅部って、どんな活動をしてるんですか?」
一見当たり前に聞こえてその実かなり頓狂な質問。頓狂ではあるが当然の質問。主な実績、『第一回朱雀賞受賞』とあるのが、混乱にさらに拍車を掛ける。
凪原は一度大きく息を吸い込み、グッと口を結び覚悟を決める。――そして、口を開いて言葉を放つ。
「……か、帰る事じゃ、ないっすかね」
目を泳がせ、引きつった顔で、消え入るような声で凪原は答える。
熱気を帯びていた会場は、冷や水を浴びせた様に一気にシンと静まり返る。
「ぷはっ……!」
凪原の後ろで、玖珂が笑いを堪え切れず噴き出したかと思うと、次の瞬間、文字通り腹を抱えて大爆笑を始める。
「……っははは!なんだよ、それ。そりゃそうだけどさぁ。あっははは。面白いな、君は本当」
珍しく、無邪気に年相応に笑う玖珂に会場は再び沸き立つ。
「何笑ってるの、三月」
会場は怒りを押し殺したまほらの一声で、凍りついた様に静寂に包まれる。
まほらは立ち上がると、さっきまでの優しげな笑みは消え失せ、腕を組み、視線だけで人を殺せる様な視線で壇上の玖珂を睨みつける。
「人の本気を笑うだなんてあなた最低ね。あの時の先生となんら変わらないじゃない。ふふっ、あなたも大人になったって事ねぇ。ご立派だ事」
まほらは大きく手を広げる。
「そんな輩に人の上に立つ資格は無いわ。私はここに、会長のリコールを宣言します」
それを聞いて玖珂は挑発的な笑みを浮かべる。
「へぇ、面白い。やれるもんならやってみな」
久留里が二人のマイクを切って慌てて割って入る。
「しないっすよ!?終わりっす!以上で、生徒総会を終了しまっす!ご参加、ありがとうございました!」
パソコンの様に、不具合を無理やり強制終了。会場はまだらな拍手に包まれ、生徒総会は終える。
新一年生からすれば、玖珂・まほらはそれこそ雲の上の様な存在。だが、彼らからすれば一学年しか変わらない久留里の方にこそ絶望的な壁を感じる。――わずか一年で自分達にこんな事が出来るのだろうか、と。
そんな彼らは壇上の凪原を見て心を和ませる。あの三年生ならなれるかも、と。
この日から、凪原の呼び名に帰宅部センパイが加わる事になった――。




