今日の推し事②
――南棟4階、2年C組。
「ねぇ、設楽。前から思ってたこと聞いていい?」
「え、何その不穏な前振り」
設楽麻子はスマホを眺めていた視線を眼鏡の友人――長岡にあげ、眉を寄せる。
「不穏って言うかさ、あんたの待ち受け――」
長岡は設楽のスマホを指差す。待ち受けには浴衣姿で凪原司の服をつまんで寄り添う黄泉辻渚の写真。もちろん盗み撮りで無く、比較的正面に近い構図で、お化け屋敷を出て少し経っているからか、黄泉辻は余裕が出て小さくピースサインをしている。
「なに、それ?」
「ん?推し」
設楽は満面の笑顔で迷いなく答える。
だが、長岡にはイマイチ理解されない様子で、頬杖をついたまま大きなため息をつかれる。
「ぜんっぜん理解できない」
設楽は黄泉辻と凪原の関係を応援している。応援していると言っても何をするわけでもない。ただ、二人の関わりを温かい目で見守り、日々の活力にしているだけだ。黄泉辻とも面識はある。けれど、これとそれは関係ない。
「本当はお化け屋敷出てすぐの写真が欲しかったんだよね〜、誰か持ってる人いないかな?」
「……広報委員にでも聞いてみれば〜?つーか、あんたそれ本人に許可取ってるの?」
「うん、もちろん。そりゃそーでしょ」
設楽はケロリと答える。事実、黄泉辻に直接確認をとり、写真を送る事を条件にオッケーを貰ってあるのだ。
黄泉辻と同じクラスの友人・みっちゃんの様に、二人の恋を応援、見守っているのは女子を中心に意外と多い。
「つーかさ、あんた今全然理解出来ないって言ったけどさ」
設楽は長岡のスマホを指差す。彼女のスマホはいつだって画面が下になっている。
「わたしもあんたの待ち受け知ってるんだけど、知らないと思った?」
そう言って設楽は意地悪そうに笑う。
「玖珂君でしょ?しかも風紀週間バージョン」
「しっ……知ったな!?」
長岡は動揺を隠しきれず声を上げる。風紀週間バージョンとは、半ば伝説になっている『裸の王様』事件の事。つまり、細身ながら鍛えられた上半身をあらわにした玖珂の写真の事だ。
形勢逆転、設楽は勝ち誇った顔で身体を左右にゆらゆらと揺らす。
「そりゃ理解できんよね~。ガチ恋さんだもんね~」
「は、は?はぁ!?全然違うんだが!?『三月』は芸能人なんだが!?芸能人待ち受けにしてちゃまずいの!?」
三月、とは玖珂が芸能活動を行っている時の芸名だ。親が政治家と言うのは現時点では所属事務所にしか知られていない。
「芸能人ねぇ。でもそれオフショットじゃん。盗撮画像じゃん」
形勢は完全に逆転。設楽は裏返ったスマホを指さして鋭い指摘を続ける。
「……っさいな。カッコいいからいいんだよ」
「あ、開き直った。こわ、逃げよ」
設楽は言葉通り逃げるように席を立ち、連絡通路を渡り北棟へと向かう。A組の友達のところに赴き、『今日の黄泉凪』の観覧に向かう。当たり前の話だが、『今日の黄泉凪』とは彼女の脳内チャンネルであり、チャンネル登録者一億人、総再生回数500兆回を誇る超人気チャンネルだが、実在はしない。姉妹チャンネルに『本日の玖珂まほ』も存在するようだが、そちらは設楽の興味の対象外だ。
「みっちゃーん」
設楽はA組を訪れてみっちゃんに手を振る。
「おー、設楽。どしたどした」
二人は阿吽の呼吸で周囲を伺うと、設楽はそっとスマホの待ち受けを見せる。すると、みっちゃんも呼応する様にスマホを出す。ただし、彼女は一つ左にフリックしないと待ち受けが出てこない隠れ黄泉凪だ。
「最近なんか面白いことある〜?」
「ん〜、イベントはバレンタインまでなんも無いしね〜」
設楽は空いてる席に座り、まったりしながらも視線は窓際の席を向いている。
視線の先ではパックの乳酸飲料を持った黄泉辻が、何やら凪原とのやり取りでころころと目まぐるしく表情を変えている。
それを見て設楽はクスリと笑う。
――よし、今日もがんばろ。
設楽は一人、心の中で小さくガッツポーズをする。




