続・初詣 来年もここで
――正月七日を終えるとすぐに始業式。三学期の始まりであり、2年生の最後だ。
凪原達帰宅部の三人は、下校後凪原の自宅でもある凪野神社を訪れる。もちろんタクシーで。
「あら」
和泉まほらは石階段を見上げて声を漏らす。以前訪れた時は無かった階段両脇の手すりを物珍しそうに触る。
「手すりが付いたのね、いつの間にか」
凪原は得意げに頷く。
「年越し前にな。灯りも増やしたんだぜ?暗いと危ないってじーちゃんがな」
それを聞いたまほらはクスリと挑発的な笑みを浮かべて横目で凪原を見る。
「そう。それは残念ね、凪原くん」
この長い石階段を二人で登る時は、『危ないから』手を繋ぐと言う建前。
「……何がだよ」
分かっていながら凪原もお茶を濁し、黄泉辻渚は首を傾げるが深くは追求しない。
波型手すりを使って三人は階段を登りきる。
まほらと凪原は涼しい顔だが、黄泉辻はふぅふぅと息を切らして登りきる。あまり運動は得意ではなく、二人と比べるとすぐ疲れてしまう。手すりがあるとは言え、着物で登った時は大変だったことだろう。
膝に手を置いて、犬の様に舌を出し、肩で息をきる黄泉辻。
「はぁ……、はぁ……。そういえばさ、よく考えたら――」
一月七日。季節に合わぬ汗で額を湿らせる黄泉辻は、顔を上げて二人を見る。
「三人で来るの初めてじゃない?」
その言葉に、凪原とまほらは互いにそれぞれ宙を眺めて考える。
「あー、確かに」「そうね」
「なんか嬉しいね」
黄泉辻は汗を拭いながら顔をほころばせた。
階段を上ってすぐに古びた鳥居があり、そこをくぐるとそう広くない境内に本殿がある。鳥居に向かった三人はすぐに違和感に気が付く。
本殿の方から薄っすらと聞こえてくる笙や龍笛の奏でる雅楽の音色。そして、両脇で揺らめく篝火は灯篭の影を有機的にうごめかせる。
「おう、よく来たのう」
声の主は凪原の祖父・典善。白い斎服を身にまとい、うしろに長く纓が伸びた冠を被った姿はいつもの親しみやすい姿と比べて厳かに映る。
その姿を見て、三人は目を丸くする。
「……じいちゃんもコスプレに目覚めたのか?」
凪原の言葉に黄泉辻はジト目を向けて短く一文字の苦言を呈する。
「も?」
「典善さん、あけましておめでとうございます!斎服、すっごい似合ってますよ」
簡素ながらペコリと礼をするまほら。そのわずかな所作でさえ筋が通り美しさが伝わる。
「嬉しい事言ってくれるのう、どっかのバカタレとは大違いじゃ」
典善はあごを撫でながら嬉しそうに目を細める。
「で、コスプレじゃないならそんなの着てなにやってんだよ?祈祷の仕事でも入ったのか?」
凪原が問うと、典善は眉を寄せて手に持った大幣で凪原の頭をポンポンと祓う。
「お前らが初詣に来るっちゅうから準備してやったんに、何じゃその言種は。三人で来るの初めてじゃろ?折角じゃからの」
そう言って典善はニカっと笑う。
まほらが『さすが典善さん』とばかりに、キラキラした尊敬の眼差しを向けるので、何となく凪原は面白くない。
だが、彼女が今まで触れた大人達の中で、最も深く彼女に救いを与えた人物なのだから、それも仕方なしと言ったところだ。
「すまんが、少しだけジジイに時間をくれんか?」
黄泉辻も、まほらも返事は当然決まっている。そして、凪原の返事は勿論、――しょうがねぇなぁ、だ。
本殿の前に置かれた横長のシンプルなベンチ。そこに三人は並んで座る。
篝火が揺れる中、笙の奏でる雅な音色が流れる中、一度三人に起立を促し、頭を垂れさせ、座らせる。そして、厳かに大祓詞を読み上げる。伸びやかな声で、奏でるように、祈るように。
「高天原に神留坐す、皇親神漏岐神漏美命以て――」
三人は真っ直ぐと前を向き、直立して諳んじる典善の背中を見つめる。
典善は知っている。かつての役職も、力も、大社も失っても、彼を未だ慕う人は少なくない。だから、典善は知っている。まほらは、一年後に玖珂家の次男・遥次郎と結婚をする事を。
典善は知っている。凪原、まほら、黄泉辻、玖珂。四人の想いが、複雑に絡み合っている事を――。
だから、典善は祈り、願う。彼らのこの一年には、きっと多くの辛いことがあるだろう。それでも、最後は皆、幸せに笑っていてほしいと。来年も、三人でここで笑っていて欲しいと切に願う。
「――恐み恐み白すと申す事を聞食と宣らせと畏み、畏み、白す」
祝詞の奏上を終えると、典善は三人を向き直り、礼式に則り起立一礼を促す。
顔を上げると、いつもの軽妙な笑顔の典善がいた。
「以上〜じゃ。ま、気休めみたいなもんじゃな。今年もお主らにとって良い年でありますようにの」
凪原は真面目な顔で黄泉辻を見てささやく。
「黄泉辻、これ結構お高いみたいだぞ……」
黄泉辻は真剣な顔でコクリと頷く。
「大丈夫、任せて凪くん」
「……この罰当たりが」
典善はあきれ顔で凪原を諭すと、まほらを見てほほ笑む。
「そんじゃ、邪魔したの。いや~、久しぶりに仕事すると腰に来るわい」
最後に一仕事。篝火をきちんと消すと、腰をトントンと大幣の柄で叩きながら家屋の方へと消えていった。
少しの間、三人はベンチに座り余韻に浸る。冷たい匂いを帯びた冬の風に乗って、消えた篝火の煤の匂い。
「来年も三人で来ようね」
楽しそうに足をパタパタと揺らしながら、黄泉辻が笑う。
「えぇ、来年も――」
そう答えると、まほらの右目から期せずして涙が一筋頰を伝う。
頰を滑り落ちた涙がスカートに落ち、まほらは空を見上げる。――雨?見上げると、空は雲ひとつない青空が広がる。彼女は最初それが自分の涙だと気が付かなかった。
「まほら?」
片目から涙を流すまほらを心配して、凪原が問いかけるが、まほらは何のことか分からず首を傾げる。
「まほらさん……、目」
黄泉辻も心配そうに自身の目を指して、まほらに示す。
「目?」
まほらは、右目に触れると自分が泣いている事に初めて気がついた。――来年の今頃、私はもう玖珂遥次郎と結婚している。
「あら、どうしたんでしょうね。煤でも入ったのかしら」
そう言って流れる涙を止めるようにゴシゴシと目を擦る。
「えっ!?あっ、なら擦らない方が良いよ!?お水持ってくるね!典善さーん!」
黄泉辻は急足で典善を追い、家屋に向かう。
「ねぇ、凪原くん」
まほらはそう言うと、ベンチに座ったまま凪原に手を伸ばす。
「て」
凪原は無言でその手を掴む。
「……来年も、三人でここに来ようね。絶対」
その言葉の強さに、何かただならぬものを感じつつも、この時点で凪原が真実に至る事は無い。
それでも、凪原はこくりと頷く。
「来年はおみくじ用意しとくわ。勝負しようぜ」
凪原がそう言うと、まほらはクスリと笑う。
「本当にあなた神社の子?とんだ罰当たりね」
――来年はおみくじで勝負するんだ。三人で。まほらは一人、決意を固める。




