箱入り娘はファミリーレストランに夢を見るか?
箱入り娘はファミリーレストランを夢に見るか?
放課後、最終下校時刻になり凪原達三人は校舎を後にする。
「凪原くん、黄泉辻さん。まだ時間ある?最近忙しかったから、みんなでいきたい場所があるんだけど」
和泉まほらからの想定外の誘いに凪原司と黄泉辻渚はチラリと互いを目で見て頬を緩める。
「しょうがねぇな、忙しいけど付き合ってやるか」
「もちろんオッケーだよ、まほらさん!」
「あら、よかった。じゃあ行きましょうか」
スマホにすすいと触れてから先を進む。角を曲がるとそこにはタクシー。
「まさかのタクシー」
「いいから早く乗りなさい。私が誘ったんだからお金は気にしなくていいわ」
「失礼しまーす」
前回と同じく凪原が助手席に座り、まほらと黄泉辻が後部座席。行き先はアプリですでに指定しているようで、タクシーは速やかに目的地へと向かう。
距離にして約3キロ。10分に満たない時間でタクシーは目的地に到着する。
「さぁ、二人とも。ここで文化祭の壮行会を始めるわよ。あなたたちが主体なんでしょ?遊びじゃないんだからしっかりとね」
言葉とは裏腹にまほらの瞳は期待にキラキラと輝いている。
わざわざタクシーに乗ってやってきたのは有名ファミリーレストラン『GuesT』だ。
「さぁ!さぁっ!」
まるで遊園地の入場をせがむ子供の様にまほらは二人に入場をせがむ。
「あなた達が主体なんでしょ!?はーやーくっ」
今まで友人もおらず、家族とファミリーレストランに来た経験のないまほらにとって、初めてのファミレス経験。スマホで調べて概要は掴んでいるものの、不作法を晒してしまう危険性を鑑みて二人に先導を促す。
「わーい、GuesT久しぶり~。あっ、三人で~す」
「なぁなぁ、お金は気にしなくていいって言ってたのタクシーだけ?まだ有効?」
二人は当然ファミレスに来たことがあり、慣れた様子で席に向かう。
まほらも店内に立ち入る。
並ぶテーブル。楽しそうに食事をする人々、入り口で販売されているお菓子やおもちゃ。明るい店内。うっすらと聞こえる音楽。まほらは立ち止まり、夢に見た光景を目に焼き付ける。
「わぁ」
思わず声が漏れてしまい、慌てて右手で口を覆う。そして、先を行く二人を追う。キョロキョロと興味深げにあたりを見回しながら。
「あっ!?」
まほらの声に二人は振り返る。口元に手をやり立ち止まるまほらの視線の先にはネコを模した配膳ロボが進んでくる。
「これが、……ネコ型ロボット!未来を感じるわね」
まほらは真面目な顔でゴクリと唾をのむ。
「まぁ間違ってはいない」
「かわいいよね~、うちにも欲しいなぁ」
注文が上がった音や、入店の音が鳴るたびにまほらは音の方を向く。結局、黄泉辻に手を引かれ、まほら達は席に着く。
席に着くと、まほらは得意げにタブレットを指さす。
「知ってるわ!これで注文するのよね!?」
「お、和泉さんは物知りっすなぁ。試しにやってみたら?」
ニコニコとからかう凪原の皮肉も聞かず、まほらはタブレットを操作する。
「黄泉辻さん何か食べない?あっ、これなんかおいしそう!ハンバーグからチーズが出てくるみたいよ!?」
本当に楽しそうにまほらは勧めてくるが、時は夕方6時過ぎ。家に帰れば当然夕ご飯ができているだろうし、今更キャンセルは母に申し訳ない。
「お、おいしそうだねぇ。でもごめんね、まほらさん。ママがご飯作ってくれてると思うから、あんまり本格的なのは」
黄泉辻が本当に申し訳なさそうに断ると、まほらは水に濡れた犬の様にしゅんと目に見えて落ち込む。
「そうよね」
それは黄泉辻の罪悪感を強く刺激する。黄泉辻はぐっと口をつむんで覚悟を決める。――ここで食べて、家でも食べる。ただそれだけの話。こんなに楽しそうなまほらさんの笑顔を曇らせる訳にはいかない。体重は……、心配だけど食べたら走ればいい!ただそれだけだ。
「まほらさん、やっぱり――」
黄泉辻が手を上げようとしたその時、余裕の笑みを浮かべて凪原が割って入る。
「おやおや、和泉さん。誰か忘れてませんかね?」
まほらはハッと凪原を見る。期待に満ち、輝いた瞳をで凪原を見ると、一瞬沈黙する。そして、救世主登場、とばかりに歓喜の声を上げる。
「凪原くん食べてくれるの!?いいの!?ふふふ、勿論お金は私が出すからね。な~んの心配もないわ!」
凪原からすれば『こっちがいいの!?』であるが、野暮は言わない。
「凪原くん、飲み物は?コーヒー?紅茶?ジャスミンティーもあるみたいよ?ふふっ」
主従関係など忘れたかのように、上機嫌でまほらはタブレットを操作して凪原の注文を促す。またとないこの機会、できるだけたくさんの食べ物を頼んでみたい。黄泉辻は喜色満面のまほらを見てくっと顔をゆがめる。本来この笑顔は自分に向いていたはずなのだ。
「和泉さん、実はですね……ドリンクバーってのがあるんですよ」
凪原は世界の隠された真理を告げるかのように、ひそひそと小声でまほらに告げる。まほらは当然初耳。驚きの声を上げる。
「どりんくばぁ!?なんでも飲めるの!?なんで!?それ一択じゃない!じゃあ、ど・り・ん・く・ばぁを・みっつ」
3と入力しようとして、チラリと黄泉辻を見る。
黄泉辻はすでに覚悟を決めている。
「まほらさん。あたしもドリンクバー、……と『大人のお子様ランチプレート』」
覚悟を決めた黄泉辻は真面目な顔でまほらに告げる。
「そんなのあるの!?あっ、本当!すごいわ!」
まほらの輝いた瞳が自分に戻ってきたのを見て、黄泉辻もむふーっと満足気に笑う。楽しいときは他の事は気にしない。
「あ、まほらさんあたしアプリでクーポンあるよ」
「へぇ、そんなのもあるのね」
「クーポン使う大富豪おる?」
二人のメニューは決まり、残るはまほら。
「……迷うわ。どれがいいのかしら。絶対に失敗は出来ない。もっと検討材料が必要ね……。むむむ」
「そんな真剣に選ぶもんか?」
「選ぶわよ!だって、……二度目があるかわからないし」
それを聞いて黄泉辻と凪原は即答。
「いや、あるだろ」「あるでしょ」
タブレットから顔を上げるまほらに黄泉辻が笑いかける。
「だから気楽に選んでね。理由なんておいしそ〜だけでいいんだから」
まほらはぎゅっと口を結んで、一度頷く。そして、メニューを選び、送信。
「できたぁ!これでネコちゃんが持ってくるのね!」
「ほれほれ、次はドリンクバー行くぞ。アレな」
凪原は通路の奥、ドリンクバーを指さす。
「自分でやるの!?」
「下僕めが持ってきましょうか?」
凪原がわざとらしくへりくだると、まほらはふるふると首を横にふる。楽しさを示すように無意識に口は笑っている。
「ううん、やってみる」
「まほらさん、教えてあげる。まずね――」
――ドリンクを持ち、席に着き、少しして料理がテーブルに届く。
まほらが頼んだのは、黄泉辻と同じ『大人のお子様ランチプレート』だった。
「いろんなの頼まなくてよかったのか?」
答えをわかっていながら凪原は問い、まほらはクスりと笑う。
「えぇ。食べたいな、って思ったを選んだの。黄泉辻さんと同じものが食べたくて。本当よ?」
黄泉辻は感動のあまり、口をあうあうと動かすが言葉が出ない。
「さて、あったかいうちに食べようぜ。いただきまーす」
二人も『いただきます』と明るい声で続く。
「うまっ」
「おいしいね~」
まほらは左利き。左手にスプーンを持ちながら、右手を口元にあて目を丸くする。
その様子を見て、凪原はニヤニヤと問いかける。
「お口に合いますかね、お嬢様」
凪原の挑発に乗り、まほらはクスリを笑う。
「シェフを呼んで。感謝の気持ちを伝えるわ」
「ははは、おいしいのか。そらよかった」
しばらく食事をすると、まほらは思いでにふけるように口を問いかける。
「二人は、家族とこういうところに来たことあるのよね?」
「まぁ、『ファミリー』レストランだし。ちょっとは」
まほらは楽し気に盛り付けられたプレートに目をやり、寂しそうに微笑む。今が楽しすぎて、幸せすぎて、逆に自身の現実が際立ってしまう。
「いつか、私も家族と来れるかな」
来年、18歳で結婚する事が決まっている。相手は玖珂家の次男。おそらく、彼とこのようなところに来ることはないだろう。
凪原はハンバーグを食べながらあっさりと答える。
「来れんじゃね?知らんけど」
「あはは、無責任すぎ。来れるよ、ぜっったい!でも、あたしともまた来ようね!」
まほらは楽しそうに笑う。ずっと、誰かと……友達と来てみたかった夢の様な場所で。
刻む普通の1ページ――。




