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091.【行動】の功、「【成功】」の虚(第3回)(2023.02.18)

 いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。


 私、このところ『【行動】に宿る【価値】』というものについて【考察】を巡らせております。


 『【成功】を望む人』というのはいくらでも見かけますが、しかしながら【行動】が伴わないことには、【成功】なるものが手に入る道理はありません。

 しかしながら、【行動】を極めて【強力】に【阻害】する【概念】がよく【観測】されるのもまた【事実】です。


・『【失敗】は許されない』


 この【概念】が『【行動】の【結果】としての【成功】』を、いかに【強烈】に【要求】するか――という点に、前回では【考察】を巡らせました。


 今回は、この【強権的】な【概念】が、いかなる【正当性】を持っているのか――この点について【考察】を巡らせてみましょう。


 ◇


 これほどまでに厳しく【要求】するからには、『【失敗】は許されない』との【発言者】は、よほど重い【責任】を背負っていて、なおかつ『【絶対に】望む【結果】を【実現】しなければならない』ほど切羽詰まっており、さらには『望む【結果】を【実現】する【過程】で起こしたいかなる【問題】に対しても【責任】を負う』わけです。それこそ『【絶対に】【成功】しなければならない』からには、『【成功】しなかった【場合】には、【実行者】と【発言者】を含む【関係者】がことごとく【死滅】する』ほどに。

 でもなければ、【絶対に】とまでした【代償】を支払う【理由】として【不充分】です。もちろんこの場合、【代償】を支払う【義務】を負うのは【発言者】です。その【義務】と【能力】がなければ、ましてや【認識】がなければ、【絶対に】などという大仰な【概念】を使う【資格】はありません。


 ここで、もう少し掘り下げて【考察】してみましょう。


 『【失敗】は許されない』とは、『【絶対に】【成功】しなければならない』という【意味】を内包しています。

 ここで【絶対に】ということは、「仮に【失敗】したら、【発言者】を含む【関係者】ことごとくが『即座に』『回復の余地なく(致命的な)』ダメージを【絶対に】負わなければならない」ということです。もしもそうでないなら、【発言者】は『【過程】を問わないがゆえに生じた【問題】の【責任】ことごとくを、【発言者】自身が負わなければならない』という【事実】から【逃避】している――ということになります。


 さて、それほどの【責任】を負っていることを、【発言者】が【認識】している、と【仮定】して。

 『仮にも【失敗】してしまった場合の【ダメージ】』を、【発言者】はどのように見ているでしょうか。少なくとも、下記については【論理的】に間違いありませんね。


・『【ダメージ】発生の【タイミング】』が『即座でない』なら、『【発言者】の【ダメージ発生メカニズム】に対する【見通し】が【ダダ甘】』

・『【ダメージ】の【深刻度】』において『回復の余地がある(致命的でない)』なら、『【発言者】の【ダメージ見積もり】が【ダダ甘】』

・『【ダメージ】を被る【可能性】』が『【絶対に】』でなければ、『そもそも【絶対に】という言葉に対する【認識】が【ダダ甘】』


 さらに加えて、次の一点も【論理的】に確定します。


・【成功】したとしても、的中したとしても、【致命的なツッコミ】が成立:「なぜ、【発言者】は【事態】がそれほど【悪化するまで放置】しておいたのか?」(つまり【事態】が【悪化】していく【過程】を軽んじ過ぎ)


 以上を総合すると、こういう【論理】が導き出されます。


・『【絶対に】という【概念】を持ち出すこと』は『望ましい【結果】だけを見て、【過程】も【可能性】も見ていない【兆候】』であり、つまりは『【発言者】が【無能】であることを極めて強く【示唆】する【兆候】』


 周辺で『【絶対に】という【概念】を(『【失敗】は許されない』も含め)多用する【人物】』を見かけたことがあるでしょうか。あるならば、その【人物】があらゆる【課題】を【絶対に】【成功】させてきているでしょうか。また『【過程】を【無視】した【代償】』を洩れなく支払っているでしょうか。よく思い出してみて下さい。


 少なくとも私の場合は、そのような【成功】例を見かけたことはありませんね。事故のような偶発例はともかく、多用、常用する【人物】からは、『【絶対に】【成功】』どころか、むしろ【愚かさ】こそが嗅ぎ取れてしまいます。


 つまり、【我流】の【認識】は以下の通りです。


 『【絶対に】(望ましい【結果】を求める)』という【概念】を軽々しく使うということは、『【過程】に【価値】を見出さない【姿勢】』の現れです。

 この場合の【発言者】は『【過程】という、膨大なコスト(資金、労力、時間)をかけた【積み重ね】』を【無視】することから、『【過程】のコストを捧げるに“値しない”存在』である【危険】が大きい、ということです。


 こう考えてみると、【絶対に】とは、【現実】で使うなら、極めてリスクの高い【認識】および言葉選び――と申せましょう。


 ◇


 さて、今回は一旦ここまで。


 【考察】を巡らせてみるに、『【失敗】は許されない』という【概念】にまともな【論理的背景】は見当たらず、それどころか『【無能】かつ【無責任】である【兆候】』が【現実味】を帯びて【観測】されることになります。


 では、この【概念】に従う【必要】が本当にあるのか、あるいは従うとどうなるのか――という辺りへ、次回は【考察】を巡らせてみるといたしましょう。


 よろしければまたお付き合い下さいませ。


 それでは引き続き、よろしくお願いいたします。

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