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072.【キャラ立ち】←【ご都合】→【ストーリィ】(第2回)

 いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。


 私、前回より以下の【よくあるお悩み】に対して、とあるきっかけから【突破口】ともなり得るポイントの数々を【考察】しております。


 ◇


【よくあるお悩み】

・【登場人物】が【キャラ立ち】すればするほど思い通りに動かせない

 →【ストーリィ】の進行や展開が不自然になって、【ご都合臭】が強くなる

・【ストーリィ】を先へ先へ進めようとすればするほど、【登場人物】の人格に合わない展開になって【ご都合臭】が強くなる

・【登場人物】の人格を奥深くまで表現して【キャラ立ち】させるには、これを描き出す【ドラマ】が薄くなりがち

 →状況、つまりシチュエーションのヴァリエーションが増やせない

・【ストーリィ】に『あっと驚くような展開』が盛り込めず、展開が無難・平坦になりがち(盛り上がらない)


 ◇


 前回は通説(※1)として、福井晴敏先生が引用した押井守監督のお言葉をご紹介しました。(『テアトル東向島アカデミー賞/福井晴敏先生』集英社・240ページより)


【引用】

 押井守監督曰く、作劇は「ストーリーが進行している間はドラマが止まり、ドラマが進行している間はストーリーが停滞する」もの(※1)

【引用終わり】


 ただし、福井晴敏先生はこうも記しておいでです(※2)。


【引用】

「(著作である『亡国のイージス』は)人物の葛藤ドラマ状況ストーリーと有機的に絡み合い、ドラマの進展がストーリーを動かす構造になっている」(※2)

【引用終わり】


 私の意見としては。

「“【ドラマ】・パート”と“【ストーリィ】・パート”、および“戦闘パート”は、(技巧を要するものの)同時進行させることが可能」(※3)


 その根拠として考えているイメージは、以下の通り。

 【物語】上の事態は複数の【登場人物】達によって、複数の場所で、【多重並列】の【潮流】として進行します。それが合流し、相互作用し、その結果を持ってまた分岐し、そうやって【ストーリィ】は進行していくわけです(※4)。


 【物語】は、『複数の【潮流】が【多重並列】に同時進行しているもの』を、『【演出意図】を込めて一本に編集したもの』――そういう捉え方ですね。


 こういった考え方を元に、【考察】を発展させて参ります。よろしくお付き合いのほどを。


 ◇


 上記の考えから発展させた『【我流】の応用』については、後ほど掘り下げますが。まずはこういった考え方の背景に思いを馳せてみましょう。


 まずは【我流】の【認識】から。

 ここで用いる【認識】には【我流】の【解釈】が入りますが、これからの【考察】を展開する上で欠かせない【要素】を含んでおります。よって世間一般の【認識】とは一致しない部分もありますこと、これを予めご了承下さい。


 ◇


【我流・認識】

・【ご都合】:【ご都合主義】。【登場人物】の人格や、あるいは【ストーリィ】(状況)の進行や展開が、【作者】の【都合】を優先する余りに説得力を欠くこと

・【キャラ立ち】:【登場人物】の人格が際立つこと。【登場人物】達の葛藤(【ドラマ】)を幅広く多角的に展開することで、より実現しやすくなる。ただし往々にして、【ストーリィ】(状況)の進行や展開には貢献させづらいことも多い

・【ストーリィ】:【登場人物】や、それを取り巻く状況の進行や展開。ただし往々にして、【登場人物】の人格を際立たせる【ドラマ】との両立は難しいとされがちではある

・【ドラマ】:【登場人物】達の葛藤。特定の状況に放り込まれたことで出現する、例えば利害や価値観の相違と衝突、あるいはその結果としてもたらされる、【登場人物】の内面的変化を描き、人格を際立たせるもの


 ◇


 さて、ここで。

 実はそもそもの話、『【登場人物】が、自ら【ストーリィ】(状況)を進行させること自体は望み薄』です。もちろん私はこれを絶対のものとは【認識】しておりません。が、これは通説(※1)とされる程度には強固なものです。


 なぜなら――というところで、まずは我が身を振り返ってみれば、納得のいくところも少なからずあるものです。と申しますのも、『そもそも【登場人物】は、自分の目論見通り(つまり当人なりに【順当に】)事態が推移することを望んでいるから』です。


 例えば。

 ゲーム用語とその使われ方に、まずは思いを馳せてみて下さい。『安地(安全地帯)』、つまり『敵の攻撃が及ばない地点』であるとか、『安定』、つまり『自分にとって有利な展開が約束される選択肢』であるとかが筆頭ですが。

 この時、『状況の当事者であるプレイヤ』が考えることは『苦労や波乱なく、自分の望みを(小なりとは言え)叶えること』です。

 そして『状況の当事者』という意味では、『【物語】の【登場人物】』もまた基本的には同様です。よほど酔狂な人格でもなければ、『【登場人物】は、【登場人物】自身(と【観客】)があっと驚くような劇的変動、つまり【ストーリィ】(状況)の進行や展開などは(一部を除いて)望んでいない』のです。

 つまり【登場人物】の一部は『状況が変わらないこと』を望み、別の一部は『状況があっけなく(望み通りに)変わること』を望んでいます。いずれも例えば『状況がダイナミックに展開すること』(例えば二転三転の逆転劇)などは本意ではありません。

 本意でもないのに『状況がダイナミックに展開すること』(例えば二転三転の逆転劇)を招くように行動するのであれば、そこに『正当な動機がなければ人格として破綻している』ことになります。『【作者】の操り人形』と揶揄されることが多いこの破綻、つまりは『【作者】の【ご都合】による、【登場人物】の人格破綻』――と見なされているわけですね。


 では、【作者】はなぜこういった【ご都合】に走ってしまうのか、なぜ【ご都合】に逃げてまで【ストーリィ】(状況)を進行・展開させたくなるのか――と申せば。

 こちらに関しては、『【観客】としての自分』の心理を振り返ってみれば、答えが見えてきます。


 この辺り、先に挙げた『状況がダイナミックに展開すること』(例えば二転三転の逆転劇)を例に取ってみれば明確です。大部分の【観客】は、この『状況がダイナミックに展開すること』(例えば二転三転の逆転劇)を望むのです。【登場人物】とはちょうど正反対のスタンスですね。

 この背景にある【事実】は何か――と『【観客】としての自分』に訊いてみれば、こういう答えが返ってきます。


「あっけなく解決したのでは、大した【困難】を克服したようには映らないから」


 そう、『【観客】として【物語】に求めるもの』とは、基本的に『巨大な【困難】を克服すること』であって、『【困難】を克服するために、“【観客】としての自分が思いもよらないような工夫”を魅せてくれること』であるわけです。実際に優れた【物語】の数々はこの過程を【ストーリィ】としてよく【提示】していますし、優れた【物語】に憧れる【作者】ならば、こういった【ストーリィ】を構築したくなるのも、また無理のないことです。


 つまり【ストーリィ】とは往々にして『【登場人物】を【想定外の困難】に陥れるもの』なわけです。が、【観客】は【登場人物】本人でも【作者】本人でもない(つまり【困難】の解決を迫られる当事者ではない)わけです。『【ストーリィ】が他人事』であるからこそ『あっと驚く(【観客】としての自分自身には想像もつかない)展開で【想定外の困難】が克服されていくこと』を望む傾向にある――とも言えましょう。つまりは『他人事であるからこそ【困難】と、自分以上の能力による克服を望む』ということになります。

 逆にゲーム・プレイヤとしては、さてどうでしょう。【観客】に相当するプレイヤは、今度は【登場人物】と近しい立場に立つことになります。このことから、今度は『【ストーリィ】(状況)の進行や展開を望まない心理』が強く働く――という傾向が出てきます。つまりは『自分事だから【安定】を望む』というわけですね。


 ◇


 さて、今回は一旦ここまで。『自分事と他人事』という【事実】を通してみれば、【ご都合】を回避する難しさが、およびその根本に横たわる事情が呑み込みやすいかと推察します。


 次回はこの【事実】を踏まえて、【ご都合】を回避する考え方、その方向性について【考察】を巡らせて参りましょう。


 よろしければまたお付き合い下さいませ。


 それでは引き続き、よろしくお願いいたします。

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