054.【広報】の水面下(第2回)(2022.07.30)
いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。
私、「【作品】の【広報】をどうしたものか」という旨のお悩みをよく耳に(眼に)します。
そこで、前回より【広報】を【我流】で掘り下げてきております。
前回は、世間一般で【広報】といえばまず一番に想起されるであろう【プロモーション】について、【我流】の【認識】をお話しいたしました。
【広報】を考える上でも、『【観客】という存在』は無視できるものではない、どころか主力でさえある――というのがその要旨ではあります――が。
ただし同時に、『流行り廃りに関係なく、没個性な【作品】は見向きもされない』とも【認識】するところです。なぜなら【観客】は、【作者】の「好き!」を始めとして、『【観客】に対する、新たなJoyの【提案】』を求めているから――というのが私の【認識】ですね。
ここから【考察】を【発展】させていくに当たり、今回は【広報】活動で【観客】(【顧客】)と接する部分を観察してみます。よろしくお付き合いのほどを。
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以上の【考察】を経て『【広報】に関わる潜在能力が【観客】側にこそある』と認めるからには、私は『【観客】側の背景を観察、【考察】せずして効果的な【広報】が成り立つはずはない』と【認識】するわけですね。
そこで、私としては【広報】に関しても、【持論】を持ち出さずにはおれません。
・【持論】:【他人】の心を【自分】の思い通りに操ろうとしてはならない。“誘導”こそすれ、あくまでも大切なのは『【他人】が自ら感じたこと』。
と、ここで。
疑問をお持ちになった方もおいでであろうと推察します。
「いやいや“優秀なセールスマン”がいるじゃないか、彼らは【顧客】(【観客】)に【商品】を上手く売っているじゃないか」、と。
ですがここで私から申し上げたいのは、「このような【認識】には要注意ですよ」ということです。
なぜなら「【顧客】(【観客】)に上手く【商品】を売っている」という【認識】を抱いている時点で、すでに『【顧客】(【観客】)という【他人】の心を【自分】の思い通りに操ることができる』という【認識】に囚われているからです。
“優秀なセールスマン”は、“押し売り”ではありません。同じ『【商品】を“扱う”』にしても、“下手なサラリーマン”とはアプローチの仕方から、恐らくは思想の根本から異なるものを持っています。
さて、ここでちょっとした確認を。
実はこの時点で、『いい【商品】を作りさえすれば売れる』という【認識】がただの幻想に過ぎない、ということは立証されます。
そも『いい【商品】を作りさえすれば売れる』のであれば、誰が売り込もうと結果は同じ――つまり『セールスマンの売上に差は出ない』わけですから。
ただし同時に、私には『【広報】の力だけが優れていれば、駄作さえ売れる』という【認識】も、やはり【現実】を見据えているとは言い難く感じます。この点については、後述の内容をご覧いただければ納得していただけるところもありましょう。
まずこの【認識】を確認した上で。では売り方が――というところに意識が向くかと、私は思います。
が、ここで要注意。勘違いされやすいことと思われますが、私の観察するところでは、問題はもっと【根源的】なところにあります。具体的には、以下の【事実】が見て取れるのですね。
・【事実】:“優秀なセールスマン”が売っているのは、厳密には【商品】ではない。
「は?」とお思いになった方もいらっしゃるものと考えます。「いやいや【商品】を売ってるでしょ? 売上だって上げてるでしょ?」と。
確かに“優秀なセールスマン”は、その活動の中で『【商品】の売買』は成立させています。同時に『【商品】の売買』つまり『売上の結果』として報酬を得てはいます。
ですが、ここでちょっと思考を巡らせてみましょう。【顧客】の立場に立った心理の【考察】です。『【観客】という【他人】が自ら感じたこと』を重んじることからも、ここは私として外せないプロセスです。
これは『【考察】:【価値】の背景』(2022.01.22.の活動報告)で展開した【考察】に通じることですが。
ピーター・ドラッカー先生は、次のお言葉を提示しています。
・「顧客は(【商品】を買っているのではなく)【満足】を買っている」
・「しかし誰も、顧客【満足】そのものを生産したり供給したりはできない。『【満足】を得るための手段』を作って引き渡せるにすぎない」
つまり【本質】として『【顧客】(【観客】)が求めているのは【満足】であって、決して【商品】(【作品】)単体ではない』のです。ですから、『【顧客】は“【満足】を得るための手段”として【商品】を買う』わけです。
ゆえに、“優秀なセールスマン”が提供しているのもまた【満足】なのです。
この辺りを詳しく述べますと。
つまり“優秀なセールスマン”が本当に売っているのは『【商品】そのもの』ではないわけです。具体的には『【顧客】を【満足】へ導くための【提案】』であり、より具体的には『顧客それぞれの【背景】に合わせて【商品】を組み合わせ、活用して得られるであろう【満足】へ至る【ストーリィ】の【提案】』なのです。つまり【提案】とは、『【現状】から【満足】へ導くための【ストーリィ】』であり、【商品】とは、『“【顧客】を【満足】へ導く【ストーリィ】”に登場するアイテムの一つ』に過ぎないわけです。
ここで、先述した『【広報】の力だけが優れていれば、駄作さえ売れる』という【認識】を振り返ってみます。
駄作は、『“【顧客】を【満足】へ導く【ストーリィ】”に登場するアイテムの一つ』たり得ません。むしろ“【顧客】を【満足】へ導く【ストーリィ】”をぶち壊しかねない危険をすらはらみます。
“優秀なセールスマン”が、こう口を濁した場面をご覧になった方もおいでなのではないでしょうか。
「これは、ちょっとお勧めできないんですが」
この時“優秀なセールスマン”は、“【顧客】を【満足】へ導く【ストーリィ】”を守るためにこう告げているわけです――「この【商品】は、“あなたを【満足】へ導く【ストーリィ】”に寄与するとは考えていないのです」と。これは【ストーリィ】と【商品】の相性を鑑みてのことです。【商品】単体の評価に関係なく、【ストーリィ】に寄与するか否かを【基準】とした【判断】です。ただし駄作の【商品】が【ストーリィ】に寄与する場面は極めて限定的ですから、その意味で【客観的】に駄作【商品】が【提案】に組み込まれることは、自ずとほぼ消滅します。
つまり『“優れたセールスマン”に代表される形の【広報】においては、優れている人物ほど駄作を売り込むことは“ない”』ということになりますね。
その理由を考えるところで、“優秀なセールスマン”に関してはさらに【根源的】な捉え方が見出せます。
“優秀なセールスマン”が売っているのは『“【満足】を提供する【提案者】としての【自分】”という、【ブランド】』なのです。
ですから【常連】の【顧客】は『“優秀なセールスマン”本人の【ファン】』なのであって、『【商品】そのものの【ファン】というわけではない』ということになります。
なので“優秀なセールスマン”に売り込んでもらいたければ、“【顧客】を【満足】へ導く【ストーリィ】”に載せやすい、優れた【特徴】を持たせるのが効果的――とも考えられますね。つまり【満足】に結び付く『【商品】(【作品】)の【魅力】』を磨くことは、“売り込んでもらうための大前提”というわけです。例えば【作品】ならば、先述した『【観客】に対する、新たなJoyの【提案】』というものはもはや必須であることが、ご納得いただけるのではないでしょうか。
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さて、今回は一旦ここまで。
前回の結論にて重視した『【観客】に対する、新たなJoyの【提案】』ですが、今回は視点を変えてこれを再確認した形になりますね。
次回はこの【認識】を元に、『【観客】が【価値】を感じるということ』を掘り下げてみましょう。
よろしければまたお付き合い下さいませ。
それでは引き続き、よろしくお願いいたします。




