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050.【Give】の背景(第1回)(2022.07.02)

 いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。


 私、知人関係を表す言葉としてよく思い浮かべますのは『Win-Win』の他にも『【Give】 and 【Take】』があります。

 どちらも『相互利益』を表す概念ですが、前者には『概念そのもの』、後者には『実行動の見本』というイメージがありますね。


 この『【Give】 and 【Take】』に関する考えを掘り下げてみましたら、これがまた膨らむ膨らむ。←

 というわけで、連載形式でお送りします。

 題しましては『【Give】の背景』。まずは第1回、よろしくお付き合いのほどを。


 ◇


 さて私、『【Give】 and 【Take】』という言葉をよく頭に浮かべます。日本語訳としては『妥協』という意味を連想されて嫌われる場合もあるようですが、私の場合は主として『相互利益がある』という意味と、(『しっぺ返し戦略』の初手として)『求めるならばまず与えよ』の考え方を思い浮かべます。


 ここで「『求めるならばまず与えよ』って、先に【Give】して【Take】が返ってこなかったらどうするの?」という疑問をお持ちになる方もおいででしょうけれども。


 この場合、【Take】を待つばかりで何が起こるか――というところに興味が及びますね。『最初に【Take】(の見込み)ありき』で行動するのはむしろありふれてはいるのですが、お互い同じ考えであったなら、さて何が起こるでしょうか。

 私の思い浮かべた想定では、『【Give】も【Take】も、何も起こらない』という状況になります。大半の人が【Take】を求めるであろうことは充分に予想がつきますので、この想定はそう的を外したものでもないでしょう。


 『何も起こらないこと』に価値を感じるのであれば、それはそれでいい――と考えることもできますが。

 創作においては、さてどうでしょう。往々にして【作者】たるもの、【作品】に反応が欲しくなったりするもので。中には「読まれなければ価値がない」旨の叫びを上げる向きも耳に(眼に)よく入ります。

 この場合は『反応という【Take】』を心待ちにしている状態、ということになりそうですが。この状態でなお『【Give】なんてしたくない』ということであれば、私はこういう【危惧】を抱きもします――それはつまり、『【Take】を求めながら【Give】を拒む』、言い換えれば“やらずぶったくり”ということではないのか、と。


 “やらずぶったくり”に対する【是非】については、個々人の【価値観】に基づくところもありましょうから、ここで論を突き詰めるつもりはありません。ただ【好き嫌い】に関しては、ここで掘り下げて参ります。


 ここでお尋ねしたいのは、こういうことです。「“やらずぶったくり”の【他人】のことは【好き】ですか?」と。


 ここで回答が「【好き】」というなら、私に止める理由はありません。「“All or Nothing の弱肉強食”、あるいは“一方的に搾取される立場”をどうぞお楽しみ下さい」と申し上げるのがせいぜいです。


 ですが、「“やらずぶったくり”の【他人】が【嫌い】」という回答の方については、少々複雑です。


 では、と質問を追加してみます。今度は「“やらずぶったくり”の【自分】は【好き】ですか?」と。


 ここで「【好き】」という回答が返るならば、私の出る幕はありません。つまりは『リスクという代償も払わず、なおかつ一方的に搾取する、言わば不公平な【自分】』が【好き】なわけですから、もはや承認欲求に悩むことすらないでしょう。周囲の人からすれば奪われる一方ですから、もちろん人望も人気も集まることはないでしょう。ですが、そこは自業自得というものです。


 逆に「【嫌い】」という方の場合は。

 それこそ「手は手でなければ洗えない。求めるならばまず与えよ」ということになります。(一人の【作者】として)【Take】を望むなら、(【他人】に対する)【Give】なくしては“やらずぶったくり”になってしまいます。つまり『自ら“【自分】の嫌う姿”になっている』というわけですね。これでは【承認欲求】に悩む方もさぞ多いことと推察します。理由は単純、『(“やらずぶったくり”の)【自分】を【承認】できない』わけですから。

 つまりこの時点で、『【自分】を【承認】するために(【他人】へ)【Give】する』という考え方が成立するわけです。この場合、『“やらずぶったくり”の【自分】を嫌う理由』というものが、確実に一つ減るわけですから――『(何らかの形で)【Give】すること』を通して。


 実はこれ、さらには『“都合の悪い【自分】”に立ち向かう【自分】の姿』というものも、確実に一つ実現できることになります。『“都合の悪い【自分】”から逃げる【自分】』というのは『【承認】し難い【自分】の姿』の中でも代表格でありましょう。となれば、この点でも『(【他人】へ)【Give】する』ことは『【自分】を【承認】する材料』にもなるわけで、効能はさらに見込めそうですね。


 お察しの方もおいでのことと推察しますが、この時点で『【Give】は丸損とは限らない』ということになります。『【自分】を【承認】するため』という『(【Give】する相手とは)別方向からの【Take】』が見込めるわけですから。


 つまり、こういうことです――【Give】と【Take】は、必ずしも同一方向で成立しなければならないわけではない、ということ。


 もちろん、“同じ相手”で【Give】と【Take】が成立するに越したことはありませんし、同様に【Give】と【Take】のバランスが取れることも大切です。

 ただ、『“同じ相手”にこだわらないことで、“【Give】 and 【Take】の収支計算”が柔軟になること』こそが重要と、私は考えているのです。もちろん『【自分】を【承認】するため』に、です。


 つまるところ、『自分で【Give】してみればいい』ということにはなりますね。



 ひとまず、今回はここまで。


 眼先の収支計算、言い換えれば『短期的な【Take】』をひとまず棚上げにしてみる――というのが容易いとは申しませんが、『【自分】を【承認】すること』に繋がるとなれば、試してみる【価値】を見出せることも少なくないものと拝察します。


 よろしければまたお付き合い下さいませ。


 それでは引き続き、よろしくお願いいたします。

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