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037.【考察】:『【価値】の形』という幻想(2022.02.05)

 いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。


 私、前回の活動報告でも申し上げましたが、【価値】についてはこう考えております。


「【価値】は、信じる者の心に宿る」


 物事に、創作者なら例えば【作品】に『【価値】を感じる』なら、その事実は揺らがないわけです。相手がどうあろうと、少なくとも『自分にとって【価値】がある』ことには変わりないわけですから。


 そしてこの『信じる』という現象は、個々人の心の中で起こるわけです。この『個々人の心の中で起こること』という前提に立てば、このような方向へ考えが発展することにもなります。


「【価値】を他人へ広めようとするに当たっては、『他人の中の信じる心とその自由度』を重んじるのが得策」


 【価値】を他人に広めるということは、即ち他人の心に訴えかけることに他なりません。

 ですが、ここで厳に慎しむべきは、『他人の心を操ろうとすること』。“誘導”こそすれ、強制はしようとするだけ損になる――と申しますのが、私の認識です。

 『北風と太陽』の寓話が示すように、力押しでは相手は心を閉ざすばかりです。ゆえに取りこぼしはあってむしろ当然、必ずしも思い通りにはなりません。


 言葉を選んでみるなら、つまりこういうことです――『【価値】には明確な“形”がない』。


 もちろん【価値】には『【論理】で見える化できる部分』もあるにはあります。ですが、その中核には形のない【価値観】、もっと申せば『心の中の【認識】』が据わっている――ということを忘れるのは、私には得策とは思えません。

 『思い通りにならないものの代表格』である『他人の心』、ここに宿るのが『【価値】の【認識】』であるわけですから、ここで“形”を想定してかかるのは悪手と、私は考えるわけです。


 つまりは【価値】とは『他人の心』の一部なのですから、これに無理やり“形”を押し付けようとしても無駄なわけです。


 ですが一方で、狭量な、つまりは“形”あるものにしか【価値】を認めない人ほど、【価値】に“形”を押し付けたがる傾向が強いように、私には思われます。

 「この“形”(=定義)に当てはまるものにのみ【価値】がある。他のものに【価値】はない」という旨の主張がこれに当てはまりますね――もちろん、それこそは『自分の信じる【価値】』を狭める行為なのですが。


 この行為、よくよく考えてみると、根っこにあるのはこういう姿勢であるように、私には思われます。


 即ち、「『自分の【価値観】の外にあるものの存在』、言い換えれば『【想定外】の存在』を認めない」。


 逆から申せば、つまりこういうことです。

 『【価値】を広める』という行為の受け手(【観客】)側に起こる現象、つまり『新たに【価値】を感じさせられる』というものを、私自身をサンプルとして考えてみるとします。

 すると、私が『新たに【価値】を感じさせられるもの』、言い方を変えると『感銘を受けるもの(人、モノ、【作品】)』は、一貫して『【価値】の“形”のなさ』を前提としているように受け取れるのです。言下に『【観客】独自の【価値観】を認めますよ』という主張が溢れているのですね。


 さて、ここで重要な気付きがあります。

 『新たに【価値】を感じさせられる』というのは、【想定外】そのものです――それまでの【想定】を超えたところに【価値】の存在を知るわけですから。


 ここまで来ると、こういう方向へ考えを発展させることができます。

 つまり【想定外】の存在を受け入れるからこそ、『現状に対する【想定外】』は起こし得る――というわけです。ここで示す【想定外】の、少なくともその一つは、『新たに【価値】を感じさせられる』現象に他なりません。

 そしてこの現象は、ひいては『【無価値】の【価値】化』に繋がります。圧倒的大多数が【無価値】と感じていたものに対して、『新たに【価値】を感じさせられる』――そこには巨大なプラスのインパクトが発生するわけです。


 【想定外】を拒む者が【想定外】に直面すれば、すぐさま崩れるのが道理というものです。なぜなら、【想定外】に対して備えようがないからです。

 その一方、【想定外】を受け入れる者は【想定外】にも柔軟です。それどころか自ら周囲に【想定外】を起こしに行きます。

 というのも自ら信じる【価値】が周囲にとっての【想定外】(つまりは【無価値】)であるからで、ならばあらゆる【想定外】に【価値】を見出すことが可能にもなるというわけです。


 こうして【想定外】を受け入れれば、多種多様な【価値】を【認識】して取り込むことが可能になります。のみならず、そうなれば自分の中で【価値】は幅を広げて練り上げられ、ゆくゆくは【奥深さ】を備えていくことにも繋がります。


 こうして練り上げられた【価値】の成果物(例えば【作品】)の一部なりとも周囲に【認識】されたら、果たしてどうなるでしょう。

 多数の『【無価値】の【価値】化』が一気に、しかも【奥深さ】を伴って発生することになりはしないでしょうか。

 そこに【Blue Ocean】、しかも多数の【価値】を誰より獲得した前途を観るのは、私だけでありましょうか。


 つまるところ、人の心に【価値】を感じさせていくものは、『【作者】の心』『【作者】の志』ではありますまいか。


 例えば【想定外】の存在を受け入れ、

 ゆえにこそ在る【多様性】を認め、

 それに基づく人の心を重んじ、

 だから【価値観】の違いと変遷を肯定し、

 ならばと共に楽しんでくれるファンを大切にし、

 その中で己と生み出すものの【価値】を磨き続ける。


 そういう姿勢が巨大な【価値】を生むものと、私は信じているわけです。


 よろしければまたお付き合い下さいませ。


 それでは引き続き、よろしくお願いいたします。

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