024.『比べない』考え方(2020.07.25)
いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。
私、人とその手が生み出したものを『比べること』に一長一短を感じますクチです。
人は皆個性を持っています。ならば、その手が作り出した創作物もまた同じこと。
前回収録しました『023.作品の“良さ”の測り方【持論】』でも申し上げましたが、人も作品も評価軸たった一本だけで価値を測り切れるものではない――と申しますのが私の持論。
ゆえに評価軸一本を取り出して“優劣”を云々することが、私には最善とは映らないのです。
これは観客、作者の皆様を見ても同じこと。
個性は人の数だけ存在しますから、『合う合わない』は当然存在するとして。
その『合う合わない』を“優劣”に置き換えるのは、必ずしも有益とは限らない――と考えるのですね。
もちろん商売を考えておいでの向きには『売り上げ』という成績が付いて回りますから、その評価軸は優先度を高くせざるを得ないでありましょうが。
で、この“優劣”。『人の心を蝕む』側面は否定しきれないところでして。
同じ評価軸で公正を期した勝負、その存在意義は私は承知しているつもりです。実際、切磋琢磨の動機とできるなら、『競技の一つ』として存在意義は相応に大きいことと考えます――が。
『この評価軸一本が“全て”』とする考え方には、私は異を唱えます次第。
生物の個性は千差万別、評価軸を用意するなら一本二本で足りるはずもなく。なぞらえるなら無数の評価軸を360度全周に張り巡らせた『ウニのごときレーダ・チャート』というものこそ相応しいと考える私です。
得手不得手の別こそあれ、そこに“優劣”は存在しません。さながら人の個性に“優劣”をつけ難いのと同様に。
ここで危惧しますのが、『作品の“優劣”』を発展させて『作者という人の“優劣”』に結び付けます考え方。作品は『作者の人格を一部なりとも引き写した産物』である関係上、作者・観客とも陥りやすい陥穽と私は考えます。
人格に対する安易な評価は、ただでさえ『心を蝕む』リスクを伴います。ましてや『この評価軸一本が全て』とする思想は何をか言わんや。『毒になる親』の典型でもありますね。
なので私が考えますのは、『作品と観客のマッチング』。
言うなれば司書のごとく、『観客のニーズに合わせて作品を提案する』やり方です。
観客の個性もやはりウニのごとく千差万別ですから、そのニーズに対して『この評価軸一本が全て』と考えるのはある種の『押し付け』にも陥るリスクをはらみます。
なので私の考えは、「評価軸で比べず、相性でみる」というもの。
いずれ遠くない未来で、このマッチングは顔を見せると踏んでおりますが、さていかに。
よろしければまたお付き合い下さいませ。
それでは引き続き、よろしくお願いいたします。




