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235.【設定】なるものと【リアリティ】(第4回)(2025.11.22)

 いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。


 さて私、このところ【設定】なるものと【リアリティ】との【関係】について【考察】しております。


 【リアリティ】についてよく語られる【意見】を見るに、恐らくその人が抱いているであろう【前提】があります。それが『【リアリティ】は【設定】に宿る』というもの。

 ただ私は、この【前提】には【懐疑的】です。というのも、例えば【ご都合主義】は【リアリティ】を【台無し】にしますが、これは【設定】云々とは別に起こり得るからです。


 ならば『“【リアリティ】の【在処】”は【設定】に限らない』として、です。


 ではそもそも【リアリティ】とは何か。

 【我流】では『【作者】が【観客】を操ろうとしていない、と解るだけの【整合性】』と捉えています。

 言い換えると『【観客】が【没入】のために「信じてもいい」と思える“【説得力】としての【リアリティ】”』となりますね。


 この【認識】を踏まえて、【設定】なるものを【観察】してみますと。


 【設定】を【観察】するに、まず『“大きな【嘘】”は一つだけついていい』という【経験則】が浮かび上がります。

 同時に【設定】とは【嘘】です。となれば【設定】を“大きな【嘘】”に置き換えて考えることができそうです。


 ここで【言説】として『【設定】は【リアリティ】を持っていなければならない』(意訳)というものも眼に入りますが。

 この【言説】が正しいとするなら『“大きな【嘘】”は【リアリティ】を持っていなければならない』ことになりますね。

 ですが“大きな【嘘】”が【現実離れ】している【傑作】というのは決して少なくありません。すると、『【リアリティ】は【設定】一つ一つに宿っているわけではない』という【事実】が見えてきます。


 では【リアリティ】、もっと申せば“【説得力】としての【リアリティ】”はどこに宿るのか。


 前回は【良作】を【観察】して、一つだけの“大きな【嘘】”(【我流】では“【設定】という【大嘘】”)、それから“いわゆる【設定】”群との【関係性】を見てみました。



 【我流】なりに【良作】を【観察】してみると、『“大きな【嘘】”は一つだけついていい』という【経験則】はよく活きているように見受けられます。


 もちろん【フィクション】では、“いわゆる【設定】”は一つや二つではありません。しかも“いわゆる【設定】”だけあって【嘘】でもあります。

 ただ【我流】で【観察】するに、【良作】ほどこれら“いわゆる【設定】”は【体系化】されているように映るのです。しかもこの【体系】が、【現実世界】と同じように『【原理原則】で【現象】や【法則】を束ねている』と。


 また【良作】においては、この“いわゆる【設定】”からなる【体系】の【大元】つまり【大原則】に、一つだけの“大きな【嘘】”が据えられているとも映ります。つまり“いわゆる【設定】”は“大きな【嘘】”を【大原則】とする【体系】の【一要素】になっているわけですね。


 すると『“【説得力】としての【リアリティ】”に【影響】するのは、“いわゆる【設定】”の【単体】ではなく【体系】』という【可能性】が浮かび上がってきます。


 なので今回からは、“【説得力】としての【リアリティ】”が【作品世界】に宿るであろう、その【背景】について【考察】してみましょう。


 ◇


○【作品世界】と“【説得力】としての【リアリティ】”(その1)


 さて“【説得力】としての【リアリティ】”が宿る先として、ここでは【作品世界】を【考察】することにしました。

 もちろん、これは【気紛れ】でも【偶然】でもありません。


 【物語】の【創作】においては、【優先度】の高い【要素】として【登場人物】、【ストーリィ】、【世界観】よくが挙げられます。

 ここで一歩引いて【俯瞰】してみますと、以下のような【関係性】を【認識】することができます。


 ◇


・【登場人物】:【作品世界】の【住人】


・【ストーリィ】:【作品世界】での【出来事】とその【集合体】


・【世界観】:【作品世界】の中で、【物語】の【舞台】となる【部分】の【観え方】


 ◇


 このように捉えて、【我流】では【作品世界】(≠【世界観】)を『【物語全体】を【包括】する【見方】として【好適】な【サンプル】』と考えるわけです。


 その上で、今度は一旦『“【説得力】としての【リアリティ】”を“感じない”もの』を考えてみましょう。


 【我流】なりに“【説得力】としての【リアリティ】”を“感じない”ものをまとめると、【不自然】という【言葉】に行き着きます。


 考えてみれば【当然】で、【リアリティ】というのは『【観客】として【自然】に映ること』でありましょう。

 ただしもちろん【フィクション】なら【現実世界】そのままではありませんし、また【観客自身】が持つ【知識】や【考え方】によっても【感じ方】に【違い】はあるはずです。

 なので【リアリティ】は『【観客】として【自然】に映ること、ただし【作品】の【前提情報】と、【観客自身】の持つ【知識】を踏まえた上で』という【但し書き】付きの【存在】になるでしょうね。


 では何が【不自然】、つまり“【説得力】としての【リアリティ】”を“感じない”ものなのか。しかも【フィクション】として。


 この点、【観客】としての私の【感覚】を【言語化】するなら、『【作品世界】の【大原則】に“従わない”もの』となりそうです。


 もちろん【現実世界】で言えば、【不自然】は『【自然】または【人工】の【法則】の【体系】に“従わない”こと』ということになります。

 ただ、【現実世界】の【法則】は【自然】の【体系】に基づいているものです。【フィクション】ではこの【法則】が“いわゆる【設定】”などで【人工的】に【変更】されているわけですね。


 ◇


 さて、今回は一旦ここまで。


 【我流】では、“【説得力】としての【リアリティ】”が宿る先として【作品世界】(≠【世界観】)を考えます。ここで【作品世界】の【住人】が【登場人物】、【出来事】が【ストーリィ】、【物語】上の【作品世界】の【観え方】が【世界観】ということになりますね。

 その上で“【説得力】としての【リアリティ】”を“感じない”ものをまとめると、【不自然】という【言葉】に行き着きます。


 この【不自然】、【現実世界】では『【自然】または【人工】の“【法則】の【体系】”に従わないこと』ということになります。

 ならば【フィクション】でも、“【説得力】としての【リアリティ】”を損ねる【不自然】は似たようなことになりそうですね。


 次回はこの辺り、【フィクション】における【不自然】を掘り下げてみましょう。


 よろしければまたお付き合い下さいませ。


 それでは引き続き、よろしくお願いいたします。

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