五十話 その2
……。
握られた己の拳に、人気のない部屋の床に倒れる一人の男。
「やっべ……」
やはり私は脳筋だったらしい。
エルくんたちと離れ、一人のんびり街を散策していればそのうちねっとりとした視線を感じるようになった。なるほどこれはきっと犯人のものだなと、その鬱陶しいそれを気にしながら少しずつ路地裏へと回っていった。そしたらどこからともなく現れた男に気絶させられたのだ。
どうやら犯行は複数人で行っていたらしい。気絶する直前、男が棒状の何かを持っていて、そこからパチパチと音が聞こえていたからおそらく前世で言うところのスタンガンのようなものだろう。しかしこの世界にそんなものはないので、魔法道具だと思われる。相当出力高かったんだろうなぁ。
そして先程目が覚めた私は誰もいない部屋の中にいて、起き上がってあたりを見渡しているときに扉が開いて、入ってきた男を反射的に殴った。反省はしていない。
「亀甲縛りしとこ……」
何故か部屋にあった長いロープで男の体を縛っていく。大丈夫。亀甲縛りした上からさらに手首と足首をきつく締め上げたから動けない。騒がれたら困るから猿ぐつわ噛ませよ。
男をなるべく見えないようなところに置いて扉の外を確認する。
エルくんたちの気配がしない。恐らく街を歩いている間に私が振り切ってしまったか、うまいことこの男たちが逃げたかで、この場所を見つけられていないんだろう。連絡用の無線は目立つので持っていないし、どうしたものか。
誰もいない廊下を歩けば人の気配がする部屋があった。一応ナイフを取り出して、静かに扉を開ける。
真っ先に目に飛び込んできたのは、見慣れた赤。
「あれ、もっくんじゃん」
「あ? お前おチビか」
「そだよ〜。何してんの? ここ、もっくんのお友達の家?」
「んなわけあるか。連れて来られたんだよ」
何やら苛立った様子のもっくんがそう言う。もっくんの後ろには怯えた様子の女性が数人いた。最近婦人を誘拐していたのはあの男たちで間違いないようだ。それにしても。
「……もっくん女の人たちに混じってもあんまり違和感ねぇな……」
「そっくりそのまま返してやるよ女装チビ」
「というか縄解かないの?」
「勝手に動いて他の人になんかあったら困るだろ」
「まじか。もっくん優し。ところでなんで私だけ隔離されたの? なんか隣の部屋にぶち込まれたんだけど。いじめ?」
「知るかよ」
「取り敢えず縄切るね。何かあったときは女の人たち守ってあげて。ナイフも渡しとくわ」
「お前は?」
「この犯人を捕まえるのがお仕事です」
「なるほど。無茶しないようにな」
「脳筋だから約束できない」
もっくんは私服だし、今日は非番だったんだろう。自由になった手首を少しぶらつかせていた。彼の手首にかけられている特徴的なブレスレットに組み込まれた石が光を反射している。
「じゃ、お仕事してくるわ〜」
「単独か?」
「残念なことに逸れちゃったんだよねぇ。まぁ平気だよ」
いざという時は拳があるから。そう笑ったらドン引きされた。ねぇ、酷くない? だってカルトスさんも師匠も言ってたよ。最終手段は拳だって。ん? 今考えるとあの二人も脳筋だな? もしや私が脳筋になったのって師匠のせいで……いやないわ。あの人一応座学も教えてくれてたし。私が脳筋なのは元からだ。これはもう才能だね。
「さて」
他の犯人はどこだろう。最低でもあと一人は居るはずだ。




