四十八話 その3
「フィオーレを見ませんでした?」
夜、エルベルトが部屋でくつろぐ俺にそんなことを聞いてきた。
「どうした?」
「少し聞きたいことがあったのですが……」
「急ぎなのか?」
「いえ」
「じゃあ明日でいいだろう。今日は早く寝ろ」
明日はまた長い道を移動するんだから、といえばエルベルトは了承した。しかし動かない。一体何なのか。
「……どうした」
「いえ」
「何かあるから動かないんだろう」
「……兄さんは、フィオーレが軍に入ったあとはなんの仕事をしているのかな、と。無職ですか」
「んなわけあるか。ここの執事みたいなことしてるな。あとニコラの家庭教師」
ニコラはフィオーレと違って座学のほうが得意である。まだ齢1桁なのによく学ぶ子供だ。
「あぁ、そうだエルベルト」
「はい?」
「お前過保護すぎ」
「は?」
俺の言葉にエルベルトは心底驚いたような顔をした。
「フィオーレにエグいもん見せてないだろ」
人の死体とか。
そう言えばエルベルトは俺から目をそらした。
「あいつ俺を殺すの躊躇ってたぞ」
「当たり前でしょう。師匠なんですから」
「俺は殺そうとしたけどな」
鬼ごっこで、フィオーレは俺と戦うことを選んだ。しかしその目には戸惑いの色がありありと出ていた。相手が俺でなく、尚且つ俺より強かったら確実に殺されていただろう。
勿論、相手が師匠である俺だから躊躇ったというのもある。けれど、あいつはたぶん、見知らぬ相手でも同じように躊躇うのだろう。殺すことも。そして、傷つけることすら。
それでは駄目だ。戦場ではそんなことを言ってられない。
まだ平和なうちになんとかなるといいが。
「兄さんはフィオーレが大事なんですね」
「唯一の弟子だし、命の恩人だからな。なんだ、嫉妬か? お兄ちゃんが取られて寂しいのか?」
「いえ別に。ただ、フィオーレについてよく知ってるなぁと」
俺から視線をずらしてしまった弟はボソッとそう口にした。
「まぁお前らより長くあいつと一緒にいるからな」
「そうですね」
「あとはあれだ。何か気になったならお前からあいつに聞け」
「……?」
「あいつ基本的に自分のこと話さねえから。どうせあれだろ? 希少種だってこともあとから少将に聞いたんだろ」
「何故それを」
「あいつは本当に必要最低限しか自分から言わないからな。本人曰く、話そうと思っても後回しにして、そして忘れるらしい」
そもそもその話そうと考えること自体が少ないらしいが。
「だからあいつのこと知りたきゃお前らから聞け」
エロ本とか、下らない話はアイツから話すだろうが、本人についてはこちらから聞かない限り基本的に言わない。逆に、聞けばほとんど真面目に答えてくれるのだ。
「……わかりました」
「頑張れよ」
「……兄さんは」
「うん?」
「ここでの生活は楽しいですか」
「楽しいよ」
俺が答えればエルベルトは満足そうに微笑んで部屋を去っていった。さて。
エルベルトが部屋から出ていくのを見送ってから、俺も部屋を出る。エルベルトが俺の部屋に来たということはフィオーレは恐らく部屋にはいなかったんだろう。ならば、あそこか。




