四十七話
「そういえばフィーちゃんもお師匠さんと一緒で首まで隠れる服着てるのねぇ」
今日の訓練は終わり、疲れた先輩方と師匠に紅茶を準備しているとエルミオさんからそんなことを言われた。改めて自分の服装を見ればなるほど確かにいつも首まで隠せる服に、手袋、長ズボン。師匠となんら変わりはない。
「お揃いですね師匠」
「理由が理由なだけに何も喜べないけどな」
「え〜」
カチャリと静かな音を立てながらそれぞれの前に紅茶を置く。勿論私のぶんもある。今日はジャムを入れよう。
「理由?」
「傷だらけなんですよ。師匠も、私も」
私の言葉に先輩方が口を閉じた。
前世の漫画とかでは治癒魔法で治した傷というのは基本的に傷跡すら残っていなかったが、ここは地味に魔法が万能ではない世界。傷跡が残るのだ。だから、私の身体師匠の身体も傷だらけだ。
「見てて良いもんじゃないからな、傷なんて」
「師匠、昔ニコラに号泣されてましたね」
『痛い!? 痛いぃぃぃいい!?』とニコラが泣きながら上半身裸の師匠に抱きついていたのは驚いたな。笑った。
「あれは心が痛かった。ついでに周りの住人もえらく心配するから更に心が痛かった」
「なはは〜」
「こんぐらい普通なのにな」
「師匠のは普通じゃないです」
「エルベルトだって似たようなもんだろ?」
「見ます?」
え、すごく見たい!!! 見せて!!
思わず少佐の方を向いたら師匠から顔面に裏拳をいただいた。顔面陥没したらどうしてくれるんだ!
「いやいい。おい、馬鹿弟子」
「ぅぐぅ……はい?」
「あとで部屋に来い」
おっと、弟さんを邪な目で見ていることがバレたかな??? そうなったら死を覚悟するしかないね?? 師匠ブラコンだしな。取り敢えず武装したほうがいいんだろうか。
「兄さん、無理矢理はいけないと思います」
「無理矢理は駄目よ……」
「通報するか?」
「お前ら揃いも揃って俺を何だと思ってんの!?」
ショタコンじゃぁないかなぁ。
「兄さんっ!!!」
「おっふ」
夜、師匠の部屋で酒盛り(私は紅茶)してたら弟が突撃隣の晩御飯みたいなノリでやってきた。嘘です。ミサイルみたいに私に突進してきた。知ってた? 痛みはなくても、圧迫はされるから苦しいんだよ? 呼吸が一瞬止まったよ?
「もうすぐお仕事に行っちゃうって聞いた」
「そうだねぇ」
「やだぁ……行かないで……ここいよう?」
「そうなると私ニートになるんだわ。お仕事しなきゃ」
流石にニートはやばい。確かに私の歳だと学校に通ってる子もいるけど、私は通っていない。仕事をすることを選んだのだ。働かざるもの食うべからずである。
私に抱きついて離れない弟の頭を優しくなでてやる。私とは違ってしっかりと両親の色を受け継いだそれは、サラサラとしていて触り心地が良い。
「だって兄さん……ううん、姉さん傷だらけだし……」
「私ニコラに傷なんて見せたっけ」
着替えも一人でやってるし、まだ幼い弟に傷跡を見せるのは如何なものかと配慮していたはずだが。
「勝手に見た」
「ニコラ、私はいいけどほかの女の子にはやるんじゃないよ!? 乙女の心は繊細なんだよ!? あと普通に変態扱いされるからね!?」
弟の将来が心配である。大丈夫? そろそろ情操教育したほうが良いのでは? あ、違う? とりあえずなんかそういう教育をすべきだろう。
不意に、私の腰に回されていた腕に力が入った。
「姉さん……お仕事したらまた傷増えちゃう……やだぁ……!」
優しい子だなぁ。
そろりと弟の腕を外して、しゃがみこむ。涙に濡れた弟の目を覗き込めば弟はパチパチと目を瞬かた。
「いいんだよ、私は。傷だらけになっても、大事な人を守れるなら、それでいいの」
「ぼくがやだ」
「おっとそうくる?」
「やだ」
「反抗期かな? 可愛い」
「姉さんのお仕事、危ないんでしょ?」
弟が私の言葉を全力でスルーしてくる。お姉ちゃん悲しい。言葉のキャッチボールしよ? ドッジボールじゃなくてキャッチボール。あ、今しようとしてくれてんのか。ありがとう弟よ。可愛い。
「……そうだねぇ」
「やだ」
「そういうお仕事なんだよ」
「やだ」
「お姉ちゃん他に取り柄がないから、これくらいしかできないんだよ」
「そんなことないもん。姉さんは僕の自慢だもん」
「師匠、ニコラが可愛い」
「唐突に話を振るな」
もん、て。もん、て……!!!! 私の弟がこんなにも可愛い!!!!
目の前で頑張って涙をこらえようとするニコラをガバリと抱き込んで師匠に言えば呆れた目をされた。解せぬ。
「行かないで姉さん」
「ごめんね」
「謝るくらいなら怪我しないで……」
「……」
「ねぇ、お仕事辞めてここにいよ? 先生もいるし、母さんたちも喜ぶよ、キーラさんも、皆、喜ぶよ」
「…………そう、だねぇ……」
それはそうだろう。皆私が軍に入ることを反対していた。でも、大人はわかっているのだ。魔力があって魔法が使える私は特別な事情がない限り軍人になるしかない。隠れて生きることもできるだろうが、それでは私の目標は達成できないし、万が一バレた時が怖い。
私はまだ小さな弟をぎゅっと抱きしめた。ニコラも私の背に手を回してくる。
「ごめんねニコラ」
「姉さんのバカ」
「返す言葉がない」
「また帰ってきてね」
「お休み取れたらね」
「怪我しないで」
「無茶な」
「しないで」
「アッハイ」
私が答えるとニコラは満足そうに笑って、そして何故か師匠のベッドに潜り込んだ。
「一緒に寝る」
「そっか。おやすみ、私は部屋に戻るね」
「……」
「……………………一緒に寝させていただきます」
弟にジト目で見られたら心が折れそうだった。私は大人しく師匠のベッドに潜る。
「お前……弟に弱すぎだろう……」
「可愛い弟だから仕方ないと思うんですよね。ん、師匠も」
ポスポスと空いてる場所を叩けば師匠はため息をついてからそこに横になった。少し狭い。
「……これ、ニコラが真ん中のほうが良いのでは?」
一人つぶやくが、返事はない。なんと二人とも既にスヤスヤと眠っている。早くない? おやすみ三秒? 寝付きよすぎてお姉ちゃんびっくり。仕方ない、私も寝よう。




