四十六話
「キーラさん!」
「フィーちゃん、急に呼び出してごめんねぇ」
我が家の広間でソファに座って待っていたキーラさんがこちらに笑顔をむける。
「どうせ暇してたんで!」
「あらそうなの?」
「フィオーレ、暇なら手伝ってくれても良いのよ」
「……お料理は苦手です」
「あらあら」
お玉を持った母からの言葉にポツリと返せばキーラさんに笑われた。この屋敷には使用人がほとんどいないので料理は母が率先してやっている。
ところで、辛味というのは痛覚だというのをご存知だろうか。温度や痛みを舌が感じ、それを辛さと認識しているのだ。ほら、一時期「辛党の人はドM」とかいうのが流行っただろう。あれ。
私には痛覚がない。とどのつまり、辛さがわからないのだ。
そんな私が料理をしようものなら中々の大惨事になる。しかも、痛みがないかわりに少々他の五感が発達してしまったらしく、私好みの味にするとえらい薄味の物体が完成する。らしい。私にとっては丁度よいのだが。
恐らく、母の手伝って、は料理ではない。けれどお玉を持っていたし、その流れで。
「キーラさんが美味しそうな野菜くれたのよ」
「ありがとうございます」
「いいのよ。私が好きでやってるの。それに、フィーちゃんにはこの間良いものを見せてもらったからねぇ」
キーラさんはお年の割にしっかりとものを記憶するし、口にする。身体はどんどん自由が効かなくなっているらしいけれど。
「あんな綺麗な魔法初めて見たわぁ」
「楽しんでもらえました?」
「えぇ、すっごく……。夢みたいだったわ」
それは良かった。あれはキーラさんのだめの魔法だからね。頑張った甲斐があるというものだ。
一度口を噤んだキーラさんは再び優しく笑って、私をチョチョイと手招きした。それに従ってキーラさんの近くに寄る。母はいつの間にか作業に戻っていた。
私がキーラさんの目の前に膝をつくと、彼女はその皺だらけの手で私の頭を優しくなでてくれる。
「優しい子ねぇ」
その言葉に私は無言でドヤ顔を決めた。




