四十二話
「師匠さん」
「バルドか」
芝生の上に座る俺の腰に抱きついたまま爆睡する弟子の頭をなでながら、やってきた人物を見上げる。バルドは神妙な顔でこちらを見下ろしていた。
「ロリコン……?」
「フィオーレはもう15だっつの。……ん?
お前ロリコンって言った? こいつの性別知ってんのか」
「ロリコン」
「断言すんな」
俺はロリコンでもショタコンでもない。
先程までやっていた鬼ごっこはフィオーレの勝ちだった。
俺と戦うと決めたフィオーレだが、結局のところ防戦に徹していた。俺を攻撃することはほとんどなく、俺からの攻撃をいなし続けた。勿論俺は体術も使うのでそちらも避けなければならない。相当神経を使ったのだろう。
鬼ごっこに粘り勝ったフィオーレは疲れたと言ってその場で倒れた。疲れたと叫ぶその姿に思わず「元気だろ」と言ってしまったが、そんなことお構いなしに地面で寝やがった。
で、ここまで運んでやれば俺にしがみついて離れなくなったのでそのまま放置しているだけだ。森の中で放置しなかった俺の優しさに感謝しろよ馬鹿弟子。
「なんでそんな状態に……?」
「落ち着くんだろ」
「何故……」
心底不可解だとでも言いたげな表情のバルド。そりゃわからんよな。
「昔、寝るのを怖がってた時期は一緒に寝てたからな。刷り込みみたいなもんだ」
この人のところは安全だと、そういう刷り込み。フィオーレは俺がそばにいると爆睡するようになった。刷り込みとはなんと恐ろしい。
「そうですか」
「お前こそどうした? 今は休憩中だろう」
エルベルトたちには俺達が鬼ごっこをしている間各々にあった訓練内容を言い渡していたはずだ。それが終わったにしても、ここにくる意味はない。
「フィオーレの様子を見に」
「そうか」
隣に腰掛けてフィオーレの頭を撫でるバルド。フィオーレは身動ぐが、起きてはいないようだ。
「そういやコイツは向こうで上手くやれてるのか?」
「えぇ、まぁ。同期とも仲良くやっているようですよ」
「班員とは?」
「俺のところによくエロ本持ってくる程度には」
「エロ本……」
「ガチムチの男たちが絡み合うエロ本を何冊も持ったフィオーレに奇襲された時は流石に引きました」
あれは酷かったと、疲れきった顔で言うバルドに笑ってしまった俺は悪くないと思う。ガチムチって。弟子は随分とマニアックなものを買っているようだ。
「それにしてもガチムチかぁ。フィオーレの好みも変わったもんだな」
「? そうなんですか?」
「あぁ。こいつ前はどっちかってぇと細身のむぐ」
「何言おうとしてんですかこの馬鹿師匠」
いつのまに起きていたのか、俺の膝に頭を乗せて仰向けになったフィオーレが俺の口を手で塞いできた。じとっとこちらに視線を向けてくる。
「馬鹿とはなんだ」
「人の性癖バラさないでくださいよ!!」
「元気だなぁお前」
寝起きだというのにキャンキャン吠える弟子の頭を押さえつけるようにワシワシと撫でたら抗議の声が上がった。知るか。
「ロベルト兄さん」
「あ、少佐」
「どうしたエルベルト」
少し小走りでやってきたエルベルトは俺達の状況を見て一瞬固まってから、頷いた。おい今何に納得した。お兄さん怒らないから言ってみろ。
「母さんと父さんが来ました」
「今行く」
「んぎゃっ」
俺がそう言って立つと、ゴツっと音を立ててフィオーレの頭が地面に落ちる。非難めいた視線を感じるが、まぁ放置でいいか。あいつの頭は頑丈だし大丈夫だろう。




