四十一話 その3
師匠はその超人的な身体能力もそうだが、魔法についても常軌を逸している。
魔力量は有力種の中では多い方だし、その扱いは格別。目的のものだけを燃やすなんて造作もないのだ。それに、師匠は今までの経験、知識から最小限の魔力をどう使えば効果的な攻撃になるか理解している。
今だってあのまま私が枝に足をつけていたら靴が焼けていた。火加減によっては足も焼け爛れていただろう。痛みがないし、傷も治るからそれで立ち止まることはないけれど、傷の度合いによっては治るまでに時間がかかる。痛みはなくとも、傷による不調はある。火傷で皮がズルムケでもしてみろ。その足では全力で走れない。滑る。
そうなれば確実に機動力が落ちて、師匠に捕まる。
「相変わらずですね」
「褒めてんのか?」
「えぇ、まあ」
これ以上木を移動するのは危険だと判断し、地面に目をやる。罠はある。なるべくやりたくはないんだけど……。
「師匠相手にそんなこと言ってられるか!」
「うっわ……」
地面に罠が仕掛けられているなら、その地面をすべて掘り起こして、罠を使えなくすればいい。それができなくても、露呈させる。
私の魔法によって掘り起こされた地面には無数の罠の残骸。落とし穴もあったようだ。それは埋めて、安全になった地面の上を走る。
空を飛べば、もっと楽なのにな。空飛ぶ練習しとこ。
自分の通る道を掘り起こして行きながら師匠から逃げる。そろそろこちらも行動を起こしたほうが良いだろうか。
「相変わらずえげつねぇなぁ」
「全力疾走してる相手に余裕で追いついて狩りを楽しんでる人に言われたくないですねぇ!?」
「はは」
くっそ!! 楽しそうにしよって!!
舌打ちしそうな私の目の前の地面が突如抉れた。それをジャンプして避けて、ちらりと見て、また走り出す。
土魔法かとも思ったが、違う。あれは水魔法だ。
水は小さくして、勢いをつけてやれば弾丸になる。今のはそれだ。少量の水であれば空気中に溶け込んでいる水分で賄えるのだ。
兎にも角にも、これ以上走り続けていても埒が明かない。全力疾走してるから、そこまで体力も持たないし。私が師匠に勝っているのは魔力量だけなのだ。
戦うしかない。
私は足を止め、師匠と向かい合う。師匠も足を止めた。ニヤニヤしている。
「やっと戦う気になったか」
「……1つだけいいですか」
「どうぞ」
「勝てる気がしません!!!」
「勝てよ」
「無茶な!!!!」
私が言う「勝つ」は「師匠を殺さずに勝つか1時間粘り続ける」である。
大きな力を持ってしまった私としては、他者を殺すことは容易く行うことができる。しかし、殺さず再起不能、もしくは制限時間ギリギリまで粘るというのは存外難しい。私は、その加減が、少しだけ苦手なのだ。
少し間違えれば師匠が死ぬ。
嫌な汗が背中を伝った気がした。




