四十一話 その2
「よーし、始めるぞ。俺は1分経ったら森に入るからな。制限時間はそこから1時間」
「はい……」
「基本何でもありな」
「殺さないでくださいね」
「お前がこんくらいで死ぬたまかよ」
「なにその信頼……」
「おら、さっさといけ」
「はーい……」
トボトボとエルくんたちに見送られながら森の中に入る。1分か。どこまでいけるかな。
「あぁ、フィオーレ、1つ助言してやる」
「?」
「気をつけろよ」
それのどこが助言なのか教えてほしい。私師匠の考えてることがわかるほど頭良くないんだ。寧ろお馬鹿な方向に振り切ってるんだ。
師匠の言葉が気になりながらも、私は走り出した。罠を仕掛けるなり、隠れる場所を見つけるなりしないとすぐに捕まってしまう。
さてさてどうしたものか。急だったからあまり手持ちもない。となると罠を仕掛けるにしても森にあるものを使うことになるし、そもそも仕掛けたところで師匠は罠に嵌まらないだろう。となると隠れる場所……いやでも師匠はこの森を熟知しているしな……。え、どうしよう。久々すぎて戸惑うわ。
どうしようか考えながら走っていると足に何かが引っかかり、次の瞬間私は宙吊りになっていた。
「うっそぉ……」
罠である。私の足首には縄がくくりつけられ、それは太い木の枝まで続いている。明らかに人為的なものだ。
狩猟用のに私が間抜けにも引っかかったか、師匠が私用に設置していたか。そのどちらかだが……。
「用意してやがったな師匠……!!」
うちの領地ではこんな狩猟の仕方はしない。つまり私用に張られた罠だ。さっきの言葉はそういうことか!! くっそ! あの人、私の発言がなくても森の中で鬼ごっこするつもりだったのか!
ナイフを取り出すのも面倒なので風魔法で縄を切り、再び走りだそうとして、止まる。
「うげぇ……」
よくよく見れば地面にはいくつもの罠が仕掛けられているのが見受けられた。1つの罠を避けるとその先にまた罠がある。これは、地面を悠長に走っていたら師匠に捕まる。
そうと決まれば、私は木に登った。木から木へと飛び移り移動していく。鬼ごっこ中でなければ「私忍者みたいじゃない?! かっこいい!」とか言って喜ぶところだが今は性癖暴露をかけた鬼ごっこ中である。それにそろそろ1分経つ。
というか空飛べばいいじゃないとか思ってしまうけど、私はまだあれに慣れていない。この木々が生い茂る森の中を飛び回るのは些か危険だろう。しかしこのままだと師匠に追いつかれる。
ヤバイな、と思っていた私の足元から木の枝が消えた。足場を無くしたが、取り敢えず風魔法で次の枝へと移る。
「はやくないですか……」
「ちゃんと1分は待ったぞ」
少し離れたところには既に師匠がきていた。早すぎる。なんなの。師匠は馬か何かなの。やーい師匠の馬〜。
頭の中でそんなことを考えていたら私の顔のすぐ横を何かが通り過ぎていった。ナイフかな。
「ぴゃっ」
「今なんか失礼なこと考えただろ」
「めめめめめ滅相もない!!!」
自分の頬を掠めていったナイフは木の幹に刺さっている。たぶん血ぃ出たけど、治ったな。こういうとき痛みがないと不便だ。見えないし、わからない。
「ちゃぁんと逃げろよ、馬鹿弟子?」
「ひぃっ」
私は脱兎のごとくその場から逃げ出した。あの笑みはやばい。
師匠は私の少し後ろを付いてくる。捕まえようと思えば捕まえられる距離だ。それでも捕まえないのはこの私を追い詰める鬼ごっこを楽しみたいドS心からだと思われる。この鬼め!
しかも先程から私の身体を何かが掠めていっている。目に見えないから、たぶん風。細かい枝や葉がついでのように舞っているから間違いないだろう。掠めるだけで直撃しないのは師匠なりの配慮か、はたまた徐々に追い詰めていくスタイルなのか……後者だな。師匠ドSだし。
森の中において有効なのは土。次点で風。水辺が近くにあれば水。雷は1つ間違えば木々を焼いてしまう。火も言わずもがな。
それがこの世界の常識。しかし、師匠にそんな常識は通じない。
師匠は身につけているポーチに自分で獲ってきた魔石を入れてある。基本的には五属性。それに追加してその時よく使うであろう属性の魔石の予備をいくつか。今回なら風や土だろう。だが。
「あっぶな!!」
次着地するはずだった木の枝が突如燃え、足場がなくなる。私はまた風魔法で方向転換をした。そして、燃やされた枝に視線をやる。
燃えたのは私が着地するはずだった木の枝のみ。それ以外は何も燃えていない。枝一本分の炭ができただけだ。
森の中で有効なのは土と風。
そんな常識、師匠には関係ないのだ。




