四十一話 その1
「師匠、おはよーございます」
「……」
師匠と一緒に寝た次の日の朝、私よりも少しだけ遅くに起きた師匠にそう言えば、彼は少し眉を顰めた。
「朝から酷い反応ですなぁ」
「……なんか、お前とこうしてると犯罪者になった気分だ」
「それはまだ成人していない子供に手を出した罪悪感ですかね?」
まだ布団の中で微睡む師匠に聞く。ちなみに私もまだ寝る体勢だ。だってまだ朝早いし。というか、今までそんなの気にしたことなかったくせにね。あれかな、エルくんにショタコン扱いされたからかな。
まぁ手ぇ出されてないけど。健全です。一緒にただ寝てるだけです。師匠温かいから寒い日の夜なんかは良い湯たんぽになる。あと落ち着く。
「そうだな」
「ははっ。師匠のロリコン〜」
「……お前今日は暇か?」
「? えぇ、まぁ。師匠が親孝行しろって言ったんで今の所家の手伝いくらいしかしてませんが」
主に畑仕事。
私が答えると師匠はエルくんそっくりの美しい笑顔を浮かべた。
あ、やべえ。
「久しぶり鬼ごっこでもするか」
私死んだ。
「というわけでお前らは取り敢えず自主練な。メニューはそれぞれに渡した紙に書いてあるやつ」
「あの、兄さん? フィオーレが青褪めた顔をしているんですが……」
「ちょっと楽しみ過ぎて血の気が引いてるだけだ」
「違いますよね?」
朝食を食べて、師匠が少佐たちに今日の予定を告げる。その隣で私はカタカタと震えていた。師匠との鬼ごっこは、すごく、怖い。
「師匠さん、鬼ごっこってどんなことするんですか?」
「ん? 普通の鬼ごっこだぞ? フィオーレが逃げて、俺が追いかける」
「普通ですね」
「ただし、フィールドはここの裏手にある森の中。体術あり、魔法ありの死ぬ気の鬼ごっこだがな」
そう、魔法ありなのだ。それだけ聞けば私に有利そうではあるが、現実はそうも行かない。世知辛い。
「……ちなみに、師匠。今回捕まったらどうなりますか?」
「ん? あー、今は訓練内容2倍とかできないもんなぁ。どうするか」
師匠に指導されていたときは、この鬼ごっこで制限時間内に捕まってしまったら訓練内容が2倍になるという地獄だった。師匠は容赦がない。本当に! 容赦がない! 私が一度も師匠から逃げ切れたことがないくらいには!!
私の質問に少しだけ考え込んだ師匠は何かを思いついたらしく、1つ頷いて顔を上げた。
「よし。お前の性癖をバラす」
この人は鬼だ!
「全力で! 逃げます!!!」
「おー、そうしろそうしろ」
私は決意を新たに叫んだ。それを師匠は魔石の確認をしながら適当に流す。
性癖だけはバラされてはならない。
エロ本とかの性癖は殆どバレているから別にいい。バルドさんとかには自分からエロ本持参するレベルだし。いやまぁ結構いろんなジャンル持ってるから、これといった趣味はないんだが。
しかし、師匠が知っている私の性癖はそれではない。私の、好みの、人間について知っているのだ。
例えば黒髪が好きだとか。
例えば冷静沈着な、でも時折お茶目な一面を見せる可愛い姿が好きだとか。
例えば、その好みの対象が、男だとか。
いや別に何も問題はないんだが。私は女だし。しかし今班員の中で私の性別を知っているのはバルドさんのみ。これで私の性癖をバラされてみろ。一瞬であらぬ誤解を招く。ただでさえ少し前にかけられたショタコン疑惑を未だに払拭できていないのだ。
しかも、少し考えればわかることだが、少佐が好みのドストライクである。だって仕方ないよね! 推しだもの! これでドン引きされたら泣くわ!! 特にエルくんに羽虫でも見るような目で見られたら……いや、新たな性癖の扉を開くかもしれない。想像したら結構良かった。流石エルくん顔面が良い。あの顔面を生み出した神様に感謝したいね!!




