四十話
フィオーレが婆さんに奇跡を見せた日の夜、外に出ればエルベルトが同じように外に出て空を見上げていた。
「冷えるぞ」
「……」
エルベルトからの返事はない。一度視線がこちらに向いたから俺の存在には気がついているはずだが。まぁ、何か考え事でもしているんだろう。
少将に頼んで送ってもらった書類はエルベルト率いる第六部隊A班班員の魔法行使回数をまとめたものだ。いつ、どんなとき、どんな魔法を使ったのか。
カルトスは今回見てわかったが、どうやら肉弾戦の方が得意らしく、魔法をあまり使わない。しかし勝つためには容赦なく使っていたので問題ないだろう。
エルミオは元々攻撃することがあまり好きではないようで、戦闘には消極的。しかし否応なしに戦闘に参加させれば魔法をそこそこ使ってくる。
バルドは魔法に頼りすぎる傾向がある。体術もそこそこだが、やはり楽な方にいくのだろう。魔法の扱いは中々のもの。
問題はエルベルトだ。
エルベルトは体術に優れている。カルトスのように力技は無理だが、素早さと技術がある。投擲させたら百発百中だったし。
しかし、頑なに魔法を使用しない。
書類を見る限り、エルベルトが魔法を使ったのはこの数年で一度きり。魔法を使わなければ班員が死ぬ、という瀬戸際だけだった。今回の訓練でも殆ど魔法を使用しなかった。
「お前、まだ魔法苦手なのか」
「……」
エルベルトに問いかけても返事はない。
エルベルトは魔法が苦手だ。その操作が苦手、というよりも魔法自体が苦手……怖いのだ。
魔法は人の命を容易く奪える。
そしてエルベルトは一度、俺を殺しかけている。
服の上から己の胸部に触れれば、そこには切り傷と、大きな火傷の跡が残っている。これは、昔エルベルトに付けられたものだ。
魔法の操作について俺がエルベルトに教えていた時、操作を誤ったエルベルトがつけた傷。それが原因で一度俺は生死を彷徨っている。崖から落ちてもなんともなかったくせにな。エルベルトはその時から魔法を使わなくなった。
「……綺麗な魔法でしたね」
「そうだな」
「魔法をあんなふうに使うなんて思いもしませんでした」
「俺達はそういうふうに教えられてるから仕方ないな」
「……」
特に魔法学校では攻撃を主とした授業を行う。それにこの国では魔法は危険なものだと、幼少期から教えこまれるのだ。刷り込みだな。
「……初めて魔法を綺麗だと思いました」
「そうか」
「……あの傷はまだ痛みますか」
「全く。というかお前俺の身体見てみ? 全身傷だらけでお前の傷なんて埋もれてる」
「……」
「魔法初心者が操作を誤るなんて普通のことなんだよ。だからこそ本来なら治癒魔法も使える一流のヤツが魔法を教える。昔の俺は自分を過信してたんだ。あの傷はその慢心が産んだものだ。お前が気にすることじゃない」
「……そういえば、昨日母に連絡しました」
「唐突だなお前。俺の話聞いてた?」
エルベルトに聞くが反応は返ってこない。反抗期というものだろうか。
「明日には到着するそうですよ」
「はぁ!?」
「両親が来るそうです」
「仕事は!?」
「休みを取ったらしいですよ」
「……」
もっと別の所で休みを取れよ……。しかも明日って……。
「領主様にはもう言ってありますので」
「あれ? なんで俺に言わないの?」
「サプライズですかね」
「お前ね……」
ジトっと弟を見ていると突然視界に埴輪が入り込んできた。
「……どっから沸いてきた?」
「師匠、そんな羽虫を見るような目で見なくても。傷つきますよ」
「フィオーレ、夜外に出るのは感心しませんね」
「特大ブーメランですね少佐」
にゅっと生えてきたフィオーレは埴輪を掌に乗せて遊んでいる。本当、どこから出てきたんだか。
満月の夜。フィオーレの色素の薄い髪は光を反射しているので結構目立つ。俺やエルベルトととはちがい、闇夜に潜むには向かない色合いだ。
「で、どうしたんだ?」
「師匠一緒に寝ましょう」
「……」
「おい、エルベルト。そんな犯罪者を見るような目で俺を見るんじゃない」
「ロベルト兄さんがショタコンに……」
「エルベルト? こいつもう15だからな?」
たしかに少し幼くは見えるが許容範囲内だろう。というかこれ、コイツが女だと知れたらエルベルトの中での俺の信頼度が格段に下がるな。絶対バレないようにしよう。




