三十九話 その2
キーラお婆さんの周りでは埴輪がのっそのっそと動き回っているし、水の鳥が自分の存在を主張するかのように彼女の目の前で留まっている。
「ふふ……冷たいのね」
彼女は水の鳥に触れて可笑しそうに笑う。
ところでなんで俺の足元にいる埴輪たちは俺によじ登ろうとしてくるんだろうか。器用だな。
カルトスさんのところでは埴輪が何匹も肩車をしてカルトスさんと高さを競っているし、エルミオさんのところでは埴輪がタップダンスしてるし、師匠さんのところでは水の鳥が彼の頭に乗ってくつろいでいる。そして、少佐のところでは無表情の少佐をのぞき込むように埴輪と、地面に降り立った水の鳥と、サメの形をした水の魚が首を傾げている。水の魚のあれを首と呼んでいいのかはわからないが。少佐が恐る恐る指を近づければそれらは指に擦り寄った。
幻想的、といえば聞こえばいいが要するにカオスである。
「あら」
そんなキーラお婆さんの声に反応して顔を正面に戻せば鳥たちはもうおらず、足元を見れば埴輪とたちが体育座りをしていた。お前らなんでそんな動けるの。
俺が埴輪を見つめていると、埴輪たちが空を指差した。それに従い顔を上げる。
水でできた生き物が皆空に向かっていっていた。キラキラと輝くそれに目を奪われる。
それらはある程度の高さまで登るとしばらく旋回して、そして、唐突に霧散した。その霧散したあとすらキラキラ輝いていて、眩しい。
「虹……」
食い入るように霧散した鳥たちを見ていたキーラお婆さんがそう呟く。その言葉の通り、空には虹がかかっていた。キラキラ輝く霧散した水に、淡くとも晴れた空で存在を主張する虹。ただただ素直に綺麗だなと思った。
「…………死ぬ前にこんな奇跡が見られるなんて……思ってもなかったわぁ……」
そう言ったキーラお婆さんは穏やかに微笑んでいた。
未だ地面で空を見上げる埴輪に視線を落とす。
魔法は強力な武器だ。
俺達は魔法を戦うことに利用するし、魔獣だって生きるために使用する。戦うことに利用するのだから勿論それは攻撃的になるし、人を傷つける。
それがこの国の常識。
魔法は危険。攻撃性の高いもの。
しかしこれはなんだ。まるでそれこそ本物の奇跡のように魔法が使われ、人を喜ばせている。そこに攻撃性は一切ない。これは、何なんだ。
「キーラお婆さん」
「領主様……。綺麗な奇跡ですねぇ」
「そうですね」
いつ間に近くへ来ていたのか、領主様がキーラお婆さんの側に立っていた。
「……母もこれを見たら、泣いて喜んだでしょうねぇ」
「……」
「あの人は奇跡を信じていたから」
「この国に来て、奇跡と呼んでいたそれが魔法だったと、危険なものだったと知っても尚、あの人は奇跡を信じていたから」
そういえばキーラお婆さんのご両親は別の国の人だったか。その国では魔法を奇跡と呼んでるようだ。
「……母に良い報告ができます」
「……キーラお婆さん。そろそろ体が冷えてしまいますよ。向こうで息子さんたちが貴方を待っています」
「そうねぇ。すみませんが手を貸してもらっても良いですかねぇ」
「もちろん」
領主様に手を引かれ、お婆さんは息子さんたちが居るであろう方向にゆっくりと足を進めた。
「成功しましたー?」
どこからともなく、そんなことを言いながらフィオーレが現れた。お前どこいたの。
「あぁ。婆さん喜んでたぞ」
「よかった! 疲れても頑張った甲斐がありました!」
笑顔でそう言い放つフィオーレ。師匠さんはそんなフィオーレの頭をガシガシと撫でている。
「兄さん!」
「お! ニコラー! 楽しかった?」
「うん! 埴輪かわいいね!」
「でしょー?」
走ってきた弟に抱きつかれながらフィオーレは誇らしそうに笑う。その足元では埴輪が輪になって踊っていた。
フィオーレは何かせがまれたらしく、また新たに水でできた動物を宙にだし、それを操り始めた。弟はフィオーレに抱きついたままそれに目を輝かせている。
「この国では魔法を攻撃に特化させてきた」
そんな光景に目を細めながらも、師匠さんは言葉を紡ぐ。
「それは人や国を守るためには仕方のないことだ。それを悪だとは言わない。けどな、魔法は使い方によっては人をいとも容易く傷つけられるし、逆に喜ばせることもできる」
俺は魔法をこんなふうに使うだなんて知らなかった。
「要は使い方次第だ。いいかお前ら。使い方を誤るなよ」
真っ直ぐに俺達の目を見据えて、そう言った。
魔法の正しい使い方とは、一体何なんだろうか。




