三十九話 その1
バルドさん視点。
「師匠さん、今日フィオーレは?」
「もうすぐ見れるぞ」
ここにきて五日目。訓練にもだいぶ慣れ……るわけもなく、地面に伏したまま師匠さんにいつもなら近くにいるのに今日はいないフィオーレの所在を聞く。師匠さんはフィオーレの言った通り鬼だった。少しでもこちらに余裕ができれば更にハードルを上げて限界まで戦わせてくる。
ところで見れるぞ、とは。
「フィーちゃん、何かやるんですか?」
「キーラ婆さんの望みを叶えにな」
俺達4人を相手しておきながら平然と佇む師匠さん。この人本当に人間なのだろうか。
「キーラさんというと御年100近くの……」
「そうそう。魔法が見たいんだと」
「ここに来れば見れるよな?」
水を飲んでいたカルトスさんがそんな疑問を口にする。そういやこの人も平然としている。流石体力お化け。
「キーラ婆さんが憧れてんのは天使様だぞ。こんな攻撃的な魔法なわけないだろ」
「それもそうか」
天使様は確か雨を降らせて飢饉を救ったんだったよな。
身体を仰向けにして晴れ渡る空を見上げる。雨は降りそうにない。
「お、キーラ婆さん」
「こんにちは、ロベルトくん。フィオーレちゃんに言われてきたのだけれど」
杖をつき、ゆったりとした足取りでこちらに向かってきたキーラお婆さん。そんなお婆さんに駆け寄り、師匠さんがその空いている方の手を取って優しく、無理のない程度に引く。
「こっちだ。ここの芝生の上に腰掛けててくれ。少しでも辛いと思ったら言えな」
「おやまぁ、ありがとうね」
俺達が寝転がっている芝生の上にお婆さんを座らせた師匠さんは自らもその隣に腰掛けた。
一体何が始まると言うのか。
「あぁ、きたぞ。お前らよく見とけよ」
身体を起こし、師匠さんが見つめるその先に視線を寄越す。そこには誰もいない。てっきりフィオーレが来ているのかと思ったのだが。
そんなことを思いながらも視線を動かさずにいると突然目の前に水の塊が出没した。驚いて師匠さんたちの方を見れば全員の目の前に水の塊がある。師匠さん以外が皆目を見開き、固まっていた。そして、少し離れたところにはフィオーレの両親と弟がいる。彼らの所にも水が浮いているようだ。
何なんだと、このよくわからない水の塊に目を向ける。するとどういうことか水は少しずつ、まるで進化でもするかのように形を変え始めた。
「鳥……?」
俺の目の前に現れたのは大きな水の鳥。水の鳥が俺の目の前でその両翼を羽ばたかせている。
ちらりと視線をずらせば他の人達の前にあった水の塊も形を変え、それぞれ空を飛ぶ動物になっていた。
師匠さんがおもむろにその水の鳥に指を近づける。それを受けた鳥はそれと戯れるように動きはじめた。
「……」
どうすれば良いかもわからないので自分もそれに倣い、指を向ける。鳥はそれを合図に自由自在に俺の周りを飛び始めた。光を反射して眩く感じる鳥。触れれば弾けて消えてしまいそうなそれを見ていると段々何がなんだかわからなくなってくる。
呆然としているうちに俺達の周りには水の鳥と蝶と、あと何故か魚が無数に浮遊していた。そして足元にはなんか踊ってる埴輪が出没していた。笑わなかった俺を褒めてほしい。
「凄いわねぇ……」
穏やかな笑みを浮かべて、お婆さんがポツリと言葉を漏らす。少し離れたところではフィオーレの弟のニコラが子供らしく声を上げてはしゃいでいるのに、何故だがお婆さんの小さなつぶやきのほうが耳に残った。




