三十五話 その6
魔力操作を覚えたフィオーレが軍に入りたいというので今度は攻撃するための魔法を教え始めた。
魔石を使わせたら一瞬で壊したのでそれ以降使わせていない。必要もなかったし。
頭で理解させるより、実践のほうが飲み込みが早かったので俺が実際にやって見せて真似させた。
そして、魔法を使おうにも身体ができていないとどうにもならないので肉体的なトレーニングも積んだ。
「因みに、トーナメントで魔法使うなって言ったの俺」
「あんただったんですか」
「おう。だってあのトーナメントで使う武器って基本軍の魔法武器じゃん。あいつが使ったら壊れるし、かといって武器無しで魔法なんて使ったら希少種ってバレるからな。素手で行かせた。そういやあいつ何位?」
「準優勝ですよ」
「マジかよ。今の軍大丈夫か? 平和すぎてヘタレた?」
「否定はしませんけど」
「そりゃ上も焦るわな。素手で、しかも小柄な15歳に、魔法学校で魔法を習って訓練した18歳が負けるんだもんな」
「因みに優勝したのは15歳の子です。フィオーレと仲良しですよ」
「ははっやべえな」
15歳で軍に入るのは珍しい。恐らく今年入ったのはその二人だけだろう。そんな二人が上位。今頃魔法学校はカリキュラムの見直しとかしてそうだ。
「さて、大体話し終わったわけだが……ところでお前らフィオーレの実力どのくらい把握してる?」
思い出話が大体終わったので気になっていたことを問えば4人は顔を見合わせた。
「フィオーレはあまり魔法を使いませんから……」
「今は希少種ってバレないよう、銃を使うときは雷、短剣を使うときは土魔法を使ってますけど、あんまり使ってるの見たことないですね」
「少し前の4人組はモナくんと二人で拳で倒したって言ってたわね」
「仕事で使っても銃で魔獣をショック死させたり、土で捕縛するだけだな」
なるほど、まぁ基本的に魔法の使用は禁止されてるからな。当たり前か。
「そうか。まぁ強いってのは知ってるな」
「はい」
「たぶん、この場にいる誰よりもアイツは強い」
「ロベルト兄さんよりもですか?」
「本気を出せばな。俺は確かに有力種にしては魔力量が多い。魔法の扱いも一級品だと自負している。だがな、所詮は有力種だ。有力種や通常種の中では強者でも、希少種と比べたら弱者なんだよ」
俺は魔石が無ければほとんど魔法を使えないのに対して希少種のフィオーレは魔石なしでいろいろな魔法が使える。それだけで格段に自由度は増し、攻撃手段が増えて強くなる。俺はフィオーレと本気で殺し合いをすれば一瞬で殺されるだろう。
「まぁアイツは基本的に生き物は殺したくないって考えだからな」
普通にしていればその強すぎる力が奮われることはない。アイツ、鹿の解体ですら嫌がって逃げたし。
「フィーちゃんは良い子よねぇ」
「確かに、他人を傷つけることを嫌いますね」
「不審者の顔面に膝蹴りかましたらしいけどな」
「あれは仕方ないでしょう」
不審者に膝蹴り。しかも顔とは。我が弟子ながらよくやる。
「まぁそんな平和主義の良い子だ。だからこそ、上層部にはバラすなよ」
「はい」
「そんなにですか?」
上層部を知っているエルベルトは即座に頷いたが、他三人はいまいちピンときていないようだ。勿論、言わないほうが良いことはわかっているんだろうが。
「上層部は……まぁ、勝つことに重きをおく。人権なんてあってないようなもんだ」
「それは……」
「今は平和だからそんなでもないけどな。戦争がはじまりでもしたら別だ。でもフィオーレを見てみろ」
「?」
「傷はすぐに治るし痛みも感じない。強力な攻撃手段である魔力はほぼ無尽蔵で、武器なしでも戦える」
そこでエルベルトは更に険しい顔つきになり、他三人はハッとしたように顔を上げた。
「そんなこと聞いたら上層部の性根が腐った一部の奴らはこう思うだろうな」
「なんて便利な『兵器』なのか」
「ほかの良心のあるやつも、痛みがあって、傷の治りも遅い普通の有力種を戦場に出すより、希少種を……フィオーレを戦場に出すほうが心が痛まないだろう。だから、上層部に希少種なんてバレてみろ。フィオーレは恐らくほぼ単独で最前線に投げ出されるぞ」
普通、軍なら団体行動をとるが、希少種の場合、有力種である他の魔法軍人は足手まといだ。
これは俺の考えだが、フィオーレには恐らく有力種数十人が束になってかかっても敵わない。通常種だったら数百人いても敵わないかもしれない。実際にやってみなければわからないが、それくらいはいくだろう。もしかしたらもっといくかもしれない。
だからこそ、上層部がそれを知ったら、アイツはきっと人として扱われなくなる。人として扱われたとしても、相当酷い目にあうだろう。
俺の話でようやく理解したのか3人も渋い顔をしていた。
「頼んだぞ」
俺は、唯一の弟子を、恩人をそんな目に合わせたくない。本当なら俺だってアイツを軍になんて入れたくなかった。だってアイツは女で、優しい家族に囲まれて育って、本来なら戦いとは無縁の生活だったんだ。そりゃあ魔力があるから軍の方には行ったかもしれないが、女子は後方支援の方になる。あんな、今いる前線なんかにいるはずじゃなかった。
でもアイツはやることがあると言って、前線に立つことを望んだ。
ならば、俺がやってやれるのは、死なないように強くしてやることだけだった。何にも負けないように、殺されないように、教えられるものを教え続けた。
でも、もし戦争が起きたら相手は10人やそこらじゃない。場合によっては万の兵をぶつけてくる。そんなの、勝てる確率のほうが低い。だから、アイツの周りも強くする。アイツほどじゃないにしても、アイツが死ななくて済むくらい、アイツが希少種だってわかるような力の奮い方をしなくて済むくらい、鍛える。
絶対に殺させてたまるか。




