三十五話 その5
「は……?」
俺の話に驚いたのか、カルトスがこっちを凝視してきた。バルドとエルミオも同じような反応をして、エルベルトだけが難しい顔をしていて反応を示さなかった。
「痛覚がない、とはどういうことだ?」
「そのままだ。痛みを感じない。切られても、抉られても、殴られても、痛みは感じない」
「どうして……」
「お前ら傷ついたら痛いよな? 内臓でも、筋肉でも、皮でも、骨でも」
「え、えぇ……」
「フィオーレは自分の魔力で毎日傷だらけになってたんだぞ。いちいち痛みなんて感じてたら何も出来なくなる」
それに、過ぎた痛みは人間を死に追いやる。
痛覚がなくなったのは、治癒魔法を使ったのと同じ様に、生きるために必要だったからだろう。
「エルベルトはなんか思い当たる節でもあったのか?」
「少し前にフィオーレは銃で撃たれました。本人曰く、雷魔法を付与した弾で。けれど、フィオーレは撃たれた時もその後も苦痛に顔を歪めることもなく、平然としていました。何故かと不思議だったんですが……痛覚がないなら納得がいきます」
「そうか」
弟は随分とフィオーレをよく見ている。
俺は続きを話し始めた。
痛みとは身体が発する危険信号だ。痛みがあるからこそ見つかる病気もある。しかしフィオーレには痛みがない。それはつまり、身体の異常にも気がつけないということだ。
フィオーレが血を吐いたあと、医者と父親と俺で話し合い、フィオーレには週一で検査を受けさせることにした。母親はその当時身篭っていて、あまり負担をかけさせるとお腹の子供に影響が出るということでこの話はしなかった。
そして、その後また問題が起きた。
夜に夜風にでも当たるかと廊下を歩いていたらフィオーレの部屋からうめき声が聞こえた。何かあったのかと部屋に入れば、フィオーレが苦しそうに呻いていたのだ。
「フィオーレ?」
近くによれば、おかしなことに気がつく。
フィオーレの布団が血で汚れていた。
慌てて布団をめくれば、フィオーレの寝間着の至るところが血で染まっていて、寝間着から覗く首なんかにも傷ができて、次の瞬間には治る、という現象が起きていた。
膨大な魔力が傷つけるのは基本的には体内だ。こんな風に外を傷つけることはあまりない。これは異常だ、そう考えた俺はフィオーレを起こした。
「ぅ……?」
「大丈夫か? どうした?」
魔法は明確な式などがなく、人間のイメージなどに大きく左右される。故に、精神的に不安定なときは魔法も魔力も不安定になりやすい。
だから、嫌な夢でも見たのかと、小さな子どもに問いかけるように聞いた。
フィオーレは泣きそうな顔で、弱々しく答える。
「しぬゆめをみたの。しらないうちにずたぼろになってね、しんじゃう。こわい。ねるためにめをつむって、ねているあいだにしんじゃうかもってかんがえると、すごくこわい」
血を吐いたことで自分が本当に危ういのだと認識したらしい。
いつこの均衡が壊れてしまうのか。
自分は次の瞬間生きているのか。
そう考えてしまう、そう言ったフィオーレは今にも死にそうだった。
「……大丈夫だ。お前が寝ている間、俺がずっと見ててやるから。お前に何かあったら助けるから、だからゆっくり寝ろ」
手を握ってそう言えば、フィオーレは安心したのかゆっくりと寝始めた。
その後、希少種についての資料をあるだけあさり、知り合いのつてで得た情報を使ってフィオーレに魔力操作を教えた。一年もすればフィオーレは魔力操作をマスターし、見た目も徐々に年相応になっていっていた。フィオーレが成長痛つらい、と言ったときは親が泣いた。




