三十五話 その2
俺が次に目を覚したのはベッドの上だった。そして、横を向いたらあの子供がいた。
「せんせー! めぇさめたよー!」
俺と目があった子供はそんなことを叫びながら走っていった。
子供に連れて来られたのは白衣を着た男で、俺を背負った奴だった。
「おぉ、よかったよかった。勝手だけど手当をさせてもらったからね。僕はダンテ。ここで医者をやってるんだ」
「わたしはふぃおーれだよ!」
「…………ロベルト、です」
「あ、お水いる?」
自己紹介をして差し出された水を飲んだ。見れば傷は見事に全て手当されているし、服も着せてあった。
「ありがとうございました」
「いいんだよ。僕は少しやることがあるから外に出るけど、この子は今日一日ここにいるらしいから、何かあったらこの子に言っておくれ」
「わかりました」
手当されても傷が治るわけではない。まだ動くのは難しかったので素直に頷いた。
医者が立ち去ったあとも子供は残って俺を見ていた。俺は無言でいるのもアレだと思い口を開く。
「お前、なんであの山にいたんだ?」
「おさんぽ!」
「そうか。雨が降ったあとの山は危険だからあまり入るなよ」
「はぁい!」
「いい子だな」
「ねぇねぇおにいさん!」
「ん?」
子供は先程までの無邪気な表情から打って変わり、どこか年齢に不相応な笑顔を作った。
「おにいさんは、わけありなの?」
どこか拙い言葉でそう言う子供。
理由は知らないが、同期の男は俺を確実に殺そうとしてきていた。恐らく死んだと思っているだろう。見つかれば俺は殺される。そう考えると確かにわけありだな、と思って子供の言葉を肯定した。
「そっかぁ。たいへん、だね」
「世の中色々あるからな」
そんな会話をして、その日はそのまま寝た。疲れていたんだろう。
問題が起きたのは次の日だった。
山に行き俺の遺体を探したけれど見つからなかった同期の男と班員たちが俺を探しにこの村に来たのだ。
当然、医者の家にもやってくる。しかもあいつらは横暴にも家の中までズカズカと入り込んできているようだった。
このままでは見つかる。だが逃げられるほど回復もしていないし、地理にも明るくない。ここで終わりか、と焦っていると唐突に部屋の隅からガコッという音が聞こえた。
音がした方を向けば床からあのフィオーレと名乗った子供が頭を出して手招きをしていた。何なんだと近づけばぽっかり空いた床の下には階段があった。床と同じ模様の蓋を見るが、なるほど、取っ手の部分もわかりにくく、何も知らない人間が見てもただの床に見える。
妙に納得しながら階段を降りる子供についていく。子供は俺が階段を降りきったあと、また階段を登って蓋を閉じていた。閉じ方が独特で俺にはわからなかった。
「こっち」
子供の先導で暗い地下道を歩く。暗いとは言ってもそこかしこにランプがあり、しかも壁や天井は整備してあった。
入り組んだ道を進めばまた別の階段にたどり着く。子供はそこを登り、少しだけ蓋を開けて外を確認してから、外に出た。
出た先は子供の住む屋敷の一室だった。そこにいた女性によるとここはもう調べ終わっており、同期たちがくる可能性は低いとのこと。ここで休んでいてほしいということだった。
吃驚する俺を置いて子供はもう一度地下に潜った。
そこで息を潜めていると、部屋にいた女性がカーテンの隙間から外を見ていて、俺を手招きした。
「うちの子」
一言それだけいわれて外を見れば子供……フィオーレが一人で立っていた。そして、そこに俺を撃ったあの男が近づいていく。
「お嬢ちゃん」
お前普段そんな声出さねぇだろ、というくらいやさしげな声で男は子供に話しかけた。恐らく、あのくらいの子供なら素直に話すと踏んでのことだろう。
「ここに、お兄さんたちと同じ服を着た人が来なかったかな」
「?」
「こんな服」
自分が来ている服を指差して子供に問う男。対して子供は、いかにも子供らしい表情を浮かべて首を傾げていた。
「みて、ないよ?」
「本当に?」
「うん。おにいさんたち、だあれ?」
「魔法軍って言ってね。ここにはあの山にでた怖い化物を退治しに来たんだよ」
「ばけもの? ……あぁ! あの、ひとでもたべちゃうばけものね!」
「え?」
俺達が退治しに来たのは草食の魔獣だ。
自分たちが入った山にそんな凶暴なのがいたのかと、驚いた男は言葉を失っていた。それでも子供は言葉を続ける。
「すごく、おおきくてね! ひとも、たべちゃうの! あ、でもふだんは、おくびょう、なんだって! あいてが、よわってる、ってわかると、たべちゃうんだって!」
「そ、そうなんだ」
「うん! おにいさんたち、はそれをやっつけたの?」
「ううん。別のやつだよ。でもそうか……そんなやつがいるなら……」
「?」
「いや、なんでもないよ。面白い話を聞かせてくれてありがとう」
そう言って男は他の班員に声をかけて去っていった。
「……そんなのいるんですか?」
「いないわよ?」
あの子供はさらっと嘘を付いたらしい。




