三十二話
「出張です」
あの出来事から数週間後、真面目な顔をしたエルくんはそう言った。
あの出来事については箝口令が敷かれ、子供のその後の事も判らず終いになった。そして、あのあと警戒はしたもののあれ以外に特に問題はなく、怪我人も私一人だけだった。
「出張なんて久しぶりねぇ」
エルミオさんの言葉に頷く。そういえば何だかんだ出張みたいなものは無かったな。基本的に日帰りで行ける範囲の仕事ばかりだったし。
「どの辺りまで行くんですか?」
この国は意外と広く、今私たちがいる王都以外にもそれぞれ領主が収める地域が存在する。
バルドさんの質問にエルくんは地図を広げ、ある一点を指した。ここからだいぶ離れている、国境に近い地域だ。
そして私の地元だ。
「……少佐、私はその仕事の日、風邪を引きますので置いていってください」
「何言ってるんですか君は」
「むしろ今から骨折ってきます」
「落ち着いてください」
あ、私骨折れてもすぐ治せるから意味ないや。やっぱり風邪を引くのが一番か。今日一日水を浴び続ければいけるか……?
「この辺りにでた魔獣の退治を依頼されました」
「泊りがけでですか?」
「ここまで行くのに結構な時間がかかるんです。それに報告されたのが結構な大物だそうで」
なるほど。
「別の班に任せられませんか」
「依頼人から指定があったそうですよ」
「……一応聞きますが、私の実家の近くでしょうか」
地元と言ってもそこそこ広い。王都からは遠いものの自然豊かで広々とした土地があるのだ。もしかしたら私の実家と離れた場所かもしれない。
「あなたの実家からの依頼です。ちなみに泊まる場所はあなたの実家ですよ」
「絶対に私達必要ありませんよ、それ!」
「そうなんですか?」
「だって私の実家には師匠がいますもん! あの人だったら魔獣の一匹や二匹……いや十匹くらいなら平気で倒せますよ!」
「まぁでも頼まれてしまったものは仕方ないので、行くことは決定です」
「なんてこった!!」
私はその場に跪いた。嘘だろ……。私今から実家に帰るの……? いや実家はいいんだ。弟と会えるし。久々に両親の顔も見たい。
しかし師匠が問題だ。
師匠がいるのに魔獣の駆除で困ることなんてありえない。あの人があの領地を出ていったとかならわかるが、それもありえないのだ。あの鬼みたいな師匠が魔獣に負けるわけがないし、困るわけがない。絶対に何か企んでる。
「まさかフィオーレがそこまで拒否するとは……少将から言われてはいましたが……」
「少将はなんて?」
「『あいつ絶対嫌がるけど無理やり連れてけよ』と」
おじいちゃぁぁあん!! 鬼かあんたは!!
「なんか……フィオーレがそこまで嫌がると逆に気になりますね」
「そうねぇ」
「魔獣をそんな簡単に倒せるのか……闘ってみたいものだ」
くそ! 何故か先輩方が師匠に興味を持ってしまった! どうにかして興味をそらすか無くさせるかしなければ。
「……私の師匠見たら皆さんの目が腐り落ちますよ!?」
「お前の師匠は化け物か何かか?」
鬼だよ!!
私の抵抗も虚しく、半ば強引に出発の準備がなされ、翌日、私達は私の地元へと出発した。




