二十九話 その2
「……もっくん生きてる……?」
「おう……」
崖から落ちて、地面に落ちた状態のままもっくんに声を掛ければ、力のない返事が返って来た。
どうやら木がクッションになったらしい。少し離れたところに寝そべるもっくんに大きな外傷は見られない。
「うわ……結構落ちたね」
起き上がり上を見上げればそこそこの高さの崖がある。
「いてて……」
「大丈夫?」
「大きな傷はねぇけど、打撲と小さい傷が酷えな……」
「歩ける?」
「いける」
起き上がり、自分の体を確認したもっくんはそう答える。しかし彼はこちらを見ない。左目を片手で覆い隠し、私から顔を逸らしたまま何かを探しているようだ。
もっくんのいる場所から少し離れたところにある木に引っかかった黒い物体を手に取り、彼に近寄る。
「はい、眼帯」
「悪い、助かる」
動くと、少し長くなった私の髪が時折視界に入る。
私の色合いは前世で言うところのアルビノに近いものとなっている。髪は白に近い金髪で、完全な真っ白というわけではないけれど、普通の人よりも遥かに色が薄い。瞳もほぼ赤。リエト王子が言っていた「黄昏時の空」は結構的を射ていると思う。少しだけ青が混じってたりするから。
こんな色合いの人間は今の所自分しか知らない。
この国において、見た目の色なんかではあまり差別などを受けることはない。それは前国王がそうしたからである。
しかし人間とは異なるものを嫌う傾向があるし、そう簡単に考え方が変わるわけでもない。
この国にも一定の割合でいるのだ。私のように色素の薄いものを気味悪がったり、もっくんのように左右の目の色が違う人を嫌う人間が。
幸いなことに私はその嫌悪を直接感じたことはない。けれどもっくんは恐らくその瞳の色で嫌な思いをしたんだろう。彼は頑なに眼帯を外そうとはしない。
だから、彼の目を見ず、何も聞かずにその眼帯を手渡した。
眼帯をつけ直したもっくんはやっと私の方に目を向けた。そして上から下まで視線を動かして怪訝そうに首を傾げる。
「お前……なんで無傷なんだ?」
もっくんに言われて、自分の体を見下ろす。服は所々木に引っ掛けたのか破けているがそこから見える肌に傷はない。
恐らく、傷はあったんだろうが知らず知らずのうちに治してしまっていたんだろう。しかし馬鹿正直に「治しちゃった」なんて言えるわけない。高確率で希少種だということがバレる。どうにかして誤魔化さなければ。なにか、なにか……。
「実は私の肌は鋼鉄でできてるんだ!」
「何を言ってんだお前は」
言い訳をしたらもっくんに呆れられた。とても悲しい。
しかしもっくんはそこまで追求するつもりがないのか、それからは何も言ってこなかった。代わりに無線から何やら音が聞こえる。
『……あー、フィオーレ? 聞こえてます? フィオーレ?』
ジージーというノイズとともに聞こえてきたのはエルくんの声。ノイズは段々と小さくなっているのでまぁ、大丈夫だろ。無線は壊れてない。きっと。
「聞こえてます」
『それはよかった……。先程悲鳴が聞こえましたが……』
「熊に追いかけられて崖から落ちました」
『どうしてそんなことに』
「熊に聞いてください……」
取り敢えず、崖は登れそうにないので回り道をして集合場所へ戻ることになった。
「じゃあもっくんいこ……」
『モナーー! 怪我は!? 大丈夫かい!?』
「……大丈夫なんで耳元で叫ばないで下さい……」
『それはすまない! だが無事で何よりだ!』
「心配かけました、すみません。今から集合場所に向かいます」
『気をつけて動くんだよ。何かあったらまた知らせなさい』
「はい」
無線を切り、もっくんがこちらを振り返る。若干疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
「……行くか」
「頑張るぞ〜」
そうして二人で森の中を歩き出した。




