二十六話 後半
「…………大丈夫です! それでは、私は仕事に……」
「……カルヴィーノさん」
立ち上がりその場を去ろうとする私の軍服の裾をリエト王子がつまみ、こちらを見上げてくる。
そんな捨てられる子犬みたいな視線を向けないで頼むから! 私礼儀作法とかさっぱりなの! 必要最低限しかわからないの! たぶん君たちと関わったら何かしらの不敬を働くの! あとほか三人もさりげなく私を囲うんじゃない! 逃げられなくなるだろ!
「ご、ご用件は何でしょう!?」
半ばヤケクソ気味に叫ぶ。私の叫びを聞いたリエト王子はパアッと笑顔を浮かべた。なるほどこれが巷で噂の天使。
「一緒に遊んでください!」
私仕事中なんですよねーー!!
「………………しょ、少佐ぁ……助けてくださいぃ……」
仕事中ではあるものの、相手はこの国の王子。どう断るものかと無線で少佐に助けを求める。私は半泣き状態だ。
『何をしてるんですか君は……』
「どうしましょう……」
『少し待ってなさい』
ごめんなさい。
王族4人に囲まれたままどうすべきかわからず動けずにいると、玄関からエルくんが出てきた。中の見回りをやっていたらしい。
「うちの部下が困っていると思ったら…………ラウロ王子、何をしているんです?」
「おや、この子は先生の部下だったのか」
どうやら見知った仲らしい。やってきたエルくんを先生と呼んだラウロ王子は軽く笑っていた。
「えっ! じゃあこの子私よりも年上!?」
「ってことになるね? 君……カルヴィーノさんだっけ、今いくつ?」
「今年で16になります」
おいおい、なんでそんな「嘘だろ」みたいな顔をするんだ。私の外見は年相応だと思うんだけれど。というか軍服着てるじゃん! その時点で今年15になる君らより確実に年上だよ! あれか、この服はコスプレだと思われてたんか!?
「それで、王子方はどうしてうちの部下を?」
「あぁ、そうだった。リエト」
エルくんからの質問にラウロ王子がリエト王子を促す。
「カルヴィーノさん、以前は助けてくれてありがとうございました!」
「当然のことをしたまでですよ」
以前とは恐らく庭でリエト王子が攫われそうになっていたときのことだろう。たぶん。
子供が攫われそうになっていたら誰でも助けると思うけど、お礼を言われるのは正直嬉しい。
「それにしてもリエト。貴方よくカルヴィーノさんのことわかったわね?」
「? こんな綺麗な人ひと目見たら忘れないよ」
なんか今、凄く恥ずかしいことを言われた気がする。
リエト王子は天使のような笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「透けるような金髪も、黄昏時の空みたいな瞳もすっごく綺麗です!」
「oh……」
すごい。無邪気に見た目を褒められている。初めての経験過ぎて反応に困るぞ。なんて言えばいいんだ。リエト王子は将来タラシになる気がする。
「……すみません、そろそろ一度集まらなければいけないので、私達はこれで失礼します」
「し、失礼します!」
エルくんの後をついてその場をあとにする。凄くにこやかな4人に手を振られたけれど振返していいのかわからなかったから頭だけ下げておいた。
「気に入られましたね」
「なんでですか!?」
「さぁ。まぁ私達が彼らに会う機会は早々ありませんから」
あ、なら大丈夫ですね! よかった! 本当によかった!!!
「そういえばラウロ王子は少佐のことを先生って呼んでましたね」
「あぁ……。彼が幼いとき、勉強を教えていたんですよ」
「そうなんですか」
「はい。可愛い教え子です」
エルくんは確か20代の筈である。しかしラウロ王子の教師をやっていたとは……エルくん本当に20代? じつはサバ読んでたりしない?
昔を思い出しているのか、幸せそうに笑顔を浮かべるエルくんの隣を歩きながら小説の内容を思い出す。
ラウロ王子は小説に出てこない。
彼はもうすぐ殺されてしまうから。




