十九話
「おそらきれい」
「何を言っておるのだ小僧」
空を見上げながらそんなことを零せばシルヴィアから溜息が漏れた。酷い。
今日はなんてことのない休日。私はシルヴィアのいる施設にお邪魔して、外でくつろぐシルヴィアを背に地面に座って空を見上げていた。
なぜ空を見上げているのか? そんなの決まっているじゃないか。
手元にある参考書から目をそらすためである。
なぜこんなものを私が持っているのかといえば単純な話、私が、勉強を不得手としていることがバレたのだ。エルくんたちに。
軍に入るために実技試験はもちろん、筆記試験も課せられる。その筆記試験の回答がエルくんのもとに届いたのだ。ほぼ白紙なそれを見たエルくんは極上の笑みを浮かべて私にこの本を手渡し、こう言った。
『取り敢えず、この本の内容を頭に詰め込んでください』
有無を言わさぬ迫力だった。
しかし私は勉強が苦手である。いくら読んでも覚えられない。うん。むり。ねる。
「勉強は苦手なんだ」
「べんきょう?」
「戦術とかいろいろと学ばなきゃいけないんだよ」
前世で習った科目なら出来るんだけどなぁ……。
この世界では前世で習ったものが殆ど役に立たない。四則演算とかは役に立つけれど。あと役に立つのは理科くらいだろうか。政治体系もちがう、歴史も違う、言語もちがうとなるとなかなか知識が役に立たない。
その代わりに必要とされるのが戦術、この国の仕組み、成り立ちなどだ。仕組みや成り立ちはまぁ覚えられる。けど戦術はややこしすぎる。むり。前世じゃ戦術とかとは無縁の世界で生きてたしなぁ。
「そういやシルヴィアはどうやって戦うの?」
「風を操る」
「かっこいい。あ、じゃあ飛ぶのも魔法?」
勉強に飽きた私はシルヴィアに質問をふっかける。
この国、というか世界にはまだ飛び道具はない。魔法があるのだからありそうなものだが、まず飛ぶという発想に至らないのか飛び道具はない。
「いや違う。あれは普通に羽根で飛んでいる」
バサリとその巨大な体躯に見合う羽根が片方動く。でけぇ。
「魔法で飛ばないの?」
「飛ぶ必要がない」
「そりゃそうか」
「魔法でとんでいる種も見たことないな」
「まじか〜」
シルヴィアを確保する際、風魔法で飛ばされたがあれは頗る危険なので魔法で安全に飛ぶことができるならそれを使いたかったが、無理か。早く誰か飛び道具作ってくれないかな。
「そういやシルヴィアは今何歳?」
「数えていると思うか」
「数えないの?」
「ないな。取り敢えず小僧よりは年を食ってるはずだ」
「へ〜」
「小僧、勉強は良いのか」
「へーき」
人間、諦めも大事なんだよ。
後日、バルドさんがつきっきりで私の勉強を見ることになった。逃げたら椅子に縛り付けられるらしい。やばい。




