十五話
青く澄みわたる青空が私の視界に広がる。うん。今日も空がきれいだ。
「いたか?」
「雲一つない青空ですね」
「いないんだな」
草むらの上に座って私とはまた別方向の空を眺めるバルドさんとそんな会話をした。平和だなぁ。
「いないわねぇ、『飛び蜥蜴』」
飛び蜥蜴とはその名の通り飛ぶ蜥蜴のことだ。羽が生えているらしい。残念なことに私は見たことがないのでわからない。この世界には写真もないので、絵でしか知らない。
そんな飛び蜥蜴が空を飛んでいる姿を発見した人間がいるらしい。しかも特大サイズ。飛び蜥蜴は風魔法を使う魔物であり、危険とのことで私達が派遣された。
「今日は飛ぶ気分じゃないのかもしれませんね」
「こんなに天気良いのになぁ」
「そうですねぇ」
もう今日は休養日にしようよ。昼寝したい日向ぼっこしたい。
草むらに寝転がって空を見上げ続けるとバルドさんとエルミオさんもとうとう寝転がった。三人してボーッと空を見る。青い。
魔力探知の機械とかあったらもっと楽に探せただろうに。残念ながらこの世界ではまだ開発されていない。もしかしたら魔法を使えばできるかもしれないが、誰もそんなことを実践していないらしい。かくいう私もできない。
因みに絵でみた飛び蜥蜴はまるでクトゥルフ神話に出てきそうな容貌だった。あんなのと対面したら発狂する。
「バルドさんたちは飛び蜥蜴見たことあるんです?」
「私はないわねぇ」
「俺もない」
「そうなんですか」
珍しいのかな、飛び蜥蜴。
「にしても来ませんねぇ」
「来ないなぁ」
「来ないわねぇ」
やばい、陽気が良すぎて眠くなってきた。草むら……平原の周りには何もなくて、騒音も何もしない上にこのポカポカな陽気。もう昼寝をしてくれって言われているようなものだよね。眠い。眠すぎる。そうだ寝よう。
「…………んむ?」
「おはようございます」
目を開けたら私を上から見下ろすエルくんがいた。キラキラしてるなぁ……。サラサラな髪が風に靡いてる。絵画かな?
「おはよーございまふ……」
「よく眠れたようで何よりですが、起きてください飛び蜥蜴が来ましたよ」
とびとかげ……とび……飛び蜥蜴!?
「うっそ!?」
「残念ながら本当です」
ほら、とエルくんが指し示す方向には空中を旋回する飛び蜥蜴。まだ上空にいるので手出しができない。カルトスさんも、バルドさんもエルミオさんも見上げているだけだった。
「あれどうやって倒すんですか?」
「撃ち落としたいんですが、あそこまで高い位置を飛ばれると落ちてきたあとが怖いんですよね」
何故だろう。
「あの高さから落ちてこられたらこの辺の土地がえぐれますよ」
「なるほど……」
それは困る。こんな絶好の昼寝スポットを潰されるのはゴメンだ。
私は立ち上がってエルくんの横に立つ。エルくんは飛び蜥蜴をジッと見たまま何かを考えていた。
にしても空飛ぶ魔物だもんなぁ。昔師匠にしごかれてたときは土魔法とかで身動きできないよう捕獲したりしてたけどあそこまで高い場所にいるとここらかじゃ距離がわからないし、土魔法で捕まえるのは難しそう。風魔法でもいいけどこっちは調整が難しいんだよね。加減を間違えたら飛び蜥蜴が切り刻まれるしなぁ。
「いっそ風魔法でみじん切りにして……」
「駄目ですよ。あれ、サンプルとして持ち帰るよう命令が下ってますから」
「無茶な」
今は上空にいるからよくわからないけど、たぶんあれ相当大きいよ? もう蜥蜴って呼んじゃいけないくらい大きいよ? あれをサンプルとして持ち帰るの? 前みたいに回収班こないの?
「どうしますかね」
風魔法で飛んで、土魔法で動きを封じて、そのままゆっくり下ろせばなんとか行けそうだけど、今の私は雷魔法しか使えないことになってるからなぁ。
「フィオーレ」
「?」
「実はこんなものがあります」
そういってエルくんが取り出したのは短剣だった。何の変哲もないそれ。それは私の手に乗せられた。
「シルフに頼んで土魔法の武器を作ってもらったんです」
「土魔法」
やっぱり土魔法で捕獲するのかな。
「という名目で書類が書かれた短剣です。実際はただの丈夫な剣です」
それは書類偽装ではなかろうか。
「フィオーレは土魔法も使えますよね?」
「埴輪とか作るの好きです」
「使えるんですね。では、飛んで来てください」
え?
私が短剣を受け取った状態のまま固まっていると、エルくんが「バルド」と声をかける。視界の端にいたバルドさんが剣を構えるのが見える。まさか。
「フィオーレ、飛んでこい」
バルドさんが、エルくんに劣らないきれいな笑みを浮かべて、剣を私の方に向けた。次の瞬間、私の身体が宙に浮く。
「うっそでしょ!?」
「本当ですよ。頼みました」
エルくんに頼まれたら断れないよね!
でもエルくん。他人に魔法をかけてもらうというのはとても怖いことなんだよ。風魔法とか加減を間違えられたら体がひきちぎれるからね!
バルドさんは魔法の扱いがうまいので、私の身体が引きちぎられることはなかった。私の身体がロケットのように勢い良く飛ばされ、直ぐに飛び蜥蜴よりも高い位置にたどり着いた。
裕に2mはありそうな飛び蜥蜴との距離が縮まり、地面からここまでの距離もわかるので土魔法で地面から土を持ってきて飛び蜥蜴を縛り付ける。土で縛られたそれの上に着地して、ゆっくりと地面へとおろしていく。飛び蜥蜴がめっちゃ暴れてくるので尻尾が私の頬を掠った。こわっ。尻尾も縛るか。
やっと地面に飛び蜥蜴を下ろせたので自分も地面に降りる。疲れた。
「お疲れ様です」
「怖かった」
「ははは」
笑い事じゃないよ!? 本当に怖かったんだよ!?
「っていうか、本当に土魔法武器を用意して、他の人がやってもよかったんじゃ」
「魔法が安定して使えるようになるまで練習を積まなければならないので」
あ、時間かかるんですね。そりゃそうか。普段は違う属性の武器使ってるんだもんね。それに比べて私は軍に入るまで好き放題魔法使ってたんだし、慣れてるか。
「おい、童」
「童じゃない!」
「儂はどこに連れて行かれるんだ」
「そりゃぁ研究所……」
何かでベシベシ肩を叩かれ、話しかけられたので返すが、この班員の中で私を童なんて呼ぶ人はいない。っていうか声が低い。渋い。それに声の主が蜥蜴。
「蜥蜴が喋った!?」
「煩いぞ童」
喋る蜥蜴は初めて見た。




