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Loop8「愛する家族と充溢した幸せです」

「何言って?」


 ライの大きな瞳が揺れ動く。唐突過ぎるカミングアウトに信じられるわけないよな。


「そういう反応になるよな。でもオレの言う事を信じて欲しい。元々オレは男でライと同じ王国騎士団に所属していた。そして反乱軍が攻めて来るあの夜、実はライ、オマエはキャメルに手掛けられて命を落としている」


 オレが物騒な事を口にしたのが癪に障ったのか、ライの表情が益々険しくなる。だけど、オレは言葉を続けた。もう心に澱みを残したくはないから。


「オレ、ライを失って泣きながら天に祈った。ライを生き返るのであれば、オレはなんでもすると。そしたら奇跡が起こって女神が現れたんだ。彼女はライを生き返らせたいのであれば、ある条件を呑めと言った。それはオレが女になって時を遡り、約束の日時までにライと身も心も結ばれる事だった」

「…………………………」


 オレの話を聞いたライは何も返さず、ただ思案するような難しい顔をしていた。オレは下手に話さない方が良かったのかと後悔の念が生じ、目尻に涙が溜まる。その時、ライがそっと口を開けた。


「レイン、もしかしてオマエはオレを助けたいが為に、身を捧げたのか?」


 ライの言葉にオレはカッと感情が弾け、背中の痛みを忘れて上半身を起こした。


「それは違う! 勘違いするなよ! 躯だけじゃ条件を満たす事は出来ない! オ、オレは心からライの事が好きなんだ!」


 感情が溢れて涙がボロボロに出た。その時、ふわっとライに引き寄せられてオレは瞠目した。


「疑って悪かったよ。一瞬だけそう思ったんだ。オレの為に大事な初めてを捧げたのかなって。でもそうじゃないって分かった。レイン、オレを心から好きになってくれて有難う」


 頭上から優しく柔らかに言われ、オレは悔し泣きから感動の涙へと変わり、そっとライの躯を抱き返す。


「オレの話を信じてくれたのか?」


 ライの為に身を捧げたのかという疑いは辛かったが、オレの話を信じてくれたとも受け取れた。


「あぁ。オレを追いかけて背中に傷を負ったオマエの言葉は疑わないよ。それにレインは無意味な嘘は言わないだろ?」

「ライ……」


 良かった。女の昔のオレは自身では分からないけれど、ライの信頼は得ていたようで心の底から安堵する。


「信じてくれて有難う。でも男だったオレなのに、気持ち悪いって思わないのか?」

「なんでだ? オレの為に性別を変えて救ってくれたんだろ?」

「そ、それはそうだけど」

「寧ろオレは申し訳ないと思っている。オマエの元の人生を壊してしまったんだからな。本当にごめん」


 ライが苦し気に深く詫びを言う。こんな風に辛い思いをさせる為に話をしたわけじゃない。それに元はオレは女になる筈だった。


「いやそれが実はその辺も複雑な事情があってさ。女神が言うにはオレは本来女に生まれる筈だったのに、何かの手違いで男になったみたいなんだ。それで女神はオレを女に戻す為に、オレの願いを叶えようとしたみたいだ」

「なんだそれは? ややこしいな?」

「うん、そうなんだ。でも本来オレは女だったわけだから、ライが気にする事は何もないんだ。それにオレは女になれて……そ、そのこうやってライの傍にいられる幸福しあわせがあるからさ」


 さすがにライの目を見てこっ恥ずかしい発言は出来なかったが、オレは精一杯自分の想いを伝えたつもりだ。


「レイン……」


 ライはオレの名を零すと、そっとオレの頬に手を添えて唇にキスを落とした。それにオレはまたビクッと躯が反応してしまい、背中の傷を軋ませる。


「いてっ……」

「大丈夫か。無理させて悪かった、こうやって躯を起こすだけでも躯の負担になるんだよな。ゆっくりと休んでくれ」


 気遣うライはオレから躯を離そうとしたが、オレは逆に離れまいと躯をくっ付けた。今ライの温もりから離れるのが不安だった。躯が軋むよりずっと……。


「レイン?」

「このままでいいんだ。この方が落ち着く」

「レイン……」


 ライはオレの髪を優しく梳く。さっきのキスもだけど、言葉にされなくても好きのお返しをもらったみたいで面映ゆかった。この瞬間は何よりも幸せだ。


「レイン、オレもオマエが女でいてくれて嬉しいよ。オマエが命懸けで守ってくれたオレの命は、この先もずっとオマエだけのものだ。ずっと傍にいて欲しい」

「も、勿論、オレはずっとライの傍にいるぞ」


 言い慣れないセリフばかりで声がくぐもってばっかだが、また額に優しいキスが落とされ、想いは伝わったようだ。守り抜いたライの命はこれからもオレが守る。今後もずっと一緒だ。オレは幸せを噛み締め、また心地好い眠りへとついた……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



 オレにとって怒涛の嵐だった十日間が過ぎ去った。オレとライはキャメルとの対戦で怪我を負ったものの、早い処置をしたおかげで順調に回復していき、一ヵ月後には二人ともほぼ完治していた。


 キャメル率いる殺し屋と反乱軍だが、まず殺し屋一味は全員処刑となった。今まで奴等がやってきた悪行には必ず人の命が奪われていた。その数は四桁いく。処刑は免れず、数日前に刑が決行され、奴等はもう亡き者となった。


 反乱軍の方は処刑を免れた。軍といっても国に不満をもつ一般の民衆だ。ここで安易に処刑でもしたら、余計民衆からの不満は高まり二次災害が起こると危惧し、国は考慮した刑を下したそうだ。


 国は今後反乱が起きないよう真摯に対策を考えるようになった。そしてオレの方だが凪のように穏やかな日々が送れている。勿論ライとの仲も良好で充実した生活だった。


 ――チクチクチクチク。


 只今、自室で針仕事に専念中。店で着るエプロンのポケットに穴が空いてしまったから、チクチクと穴を塞いでいる。店はそれなりに繁盛しているが、それでも裕福とは言えないからな。


 見た目ギリギリまでは着る事にしている。もし新しいエプロンにする場合、布を買って自分で作る。買うより断然安いからだ。そんな感じでだいぶ針仕事が上達して、時間が出来ればオレはある事柄に没頭していた。


 それはライからプレゼントされたリラウサの洋服作りだ。最近リラウサブームは加速して、洋服を着させたバージョンが売り出されるようになった。それがまた人気を博し、バカ売れしているらしいのだが、如何せん洋服付きはお高い。


 だからオレは手作りの洋服を作るようになった。自分で作った洋服を身に着けさせると、格別に可愛く見える。何種類か作って自信がついたところで、今度は白いドレスを作って、今はそれをリラウサに着せていた。


 実はリラウサは男の子バージョンも出来て、女の子とついで売られる場合が多い。それは恋人同士や結婚した夫婦などに送られるプレゼント用だ。オレも激しくそれが欲しいのだが、けっこうなお値段がするから、自分でドレスを作る事にした。


 あとは男の子バージョンを購入して、正装の洋服を作れば完璧だ。それをもっていれば、ライと……しょ、生涯を誓え合える仲になれそうな気がしてさ。早くお金を貯めて♂リラを買わないと。今のオレの大きな目標であった。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



「どうぞ」


 王宮の一室にあるライの部屋へと招かれる。男の頃、何度か遊びに行った部屋だけど、女になってからは初めてだ。あれこれと邪推したオレはあまりに緊張して、プレゼントされたリラウサを連れて来てしまった。


 ――!?


 部屋に足を踏み入れた瞬間、オレは息を呑んだ。クラウンの椅子に座っている「あるもの」に釘付けとなったからだ。


「ラ、ライ、あそこに座っているのはもしかして?」

「あぁ、そうだ」


 ライが答えると、オレはバタバタとした足取りで椅子の前まで走り寄った。


 ――や、やっぱり♂リラウサだ! 


 しかも正装姿をしている! オレはマジマジと♂リラウサを見つめる。ウェディング用のフロックコートを着ていて可愛い! オレは手に抱いている自分の♀リラウサを♂リラの隣に寄り添うようにして並べてみた。


 ――か、可愛い!!


 大絶賛するわ! ウェディング姿の二人はお似合いの新郎新婦だ。おまけにレースをあしらえたドレスが♂リラウサの正装とマッチしている! 


「そのリラウサ、気に入ってくれた?」


 隣に来ていたライに笑顔で問われる。


「ライ、このリラウサどうしたんだ!」


 オレは宝石のようにキラキラさせた目をして訊いた。


「ここ最近ペアのリラウサが流行っているだろ? もしかしてレインもそれを意識して、プレゼントしたリラウサにドレスを作ったのかなって思ってさ」

「き、気付いてたんだ!」


 は、恥ずかしい。ライはぬいぐるみになんて興味ないと思っていたのに、オレにあげたリラウサの事は見ていたのかな。それにペアのリラウサの事も知っているだなんて~。


 ――うわぁ~~~~!!


 オレが結婚を意識しているってモロバレじゃん! オレ達は付き合ってまだ一ヵ月しか経ってないのに、勝手に結婚を意識しているって思われて引かれるよ! オレは羞恥一色となって顔を伏せた。


 ――あれでも?

 

 今視線の先に映るこの♂リラウサ、ライが用意してくれたんだよな?


 ――もしかしてライも同じ気持ちでいてくれたのだろうか。


 そんな都合の良い考えがチラついた時だ。


「レインはオレとの将来を考えて、リラウサにドレスを作った?」

「そ、それは……」


 いきなりライに核心を迫られ「まさにその通りです」なんて言えないよな。オレはまごつきながら、中々答えられずにいた。


「もしかしてオレから片割れをプレゼントされるのを待っているのかと思ってさ」

「え?」


 オレは目をパチパチと瞬く。


 ――♂リラまでもプレゼントって……オレはそこまで図々しくないぞ!


 そんな風に思われていたなんて恥ずかし過ぎる! 


「レイン、それはオレからの言葉を待っていたって事だろう?」


 ――ん? 


 オレが否定するよりも先にライが言葉を紡いだ。なんだ? ライからの言葉を待っていたって。


「オマエがオレとの将来を考えてくれていて、すっげー嬉しかったよ」

「!?」


 ここでオレはようやくライの言いたい意味が分かった! ♂リラウサプレゼント=プロポーズを待っているっていう話か!


 ――うわぁああああ!! 


 ライとの将来は考えていたけど、プロポーズを待っていたって、す、凄い話が飛躍してる! でもライは熱の籠った真剣な眼差しでオレを見つめていて、これでプレゼントもプロポーズも待っていなかったなんて言えないだろ! そう思っていたのに……。


 ――ポロッ。


 ツーと熱い雫が頬を伝う。


 ――あ、あれ? なんで涙が?


 胸の内も目頭も熱くて言葉にならない。


「レイン?」


 ライが目を瞠ってオレを見つめ返す。プロポーズはさすがにぶっ飛んでいてビックリしたけれど、オレは純粋にライの好意に感動して涙が出た。ライも同じ気持ちでいてくれた事はかけがえない幸せだ。


「ライ、有難う。ずっと男の子のリラウサ、欲しかったんだ。貰ったリラウサと隣に並べたら、ずっとライと一緒にいられるような気がしてさ」


 次々と涙が溢れる。これはすべて幸福の涙だ。幸せそうに寄り添うリラウサ達が、未来の自分達の姿と重なる。その時、そっとライから手を握られ、意志を感じさせるような力強い眼差しを向けられる。


「レイン、オレはオマエと心を通わすようになって、愛しさも大切さも日に日に大きくなっている。それはこの先も変わらないって自信がある。オレにはレイン、オマエだけだ。だからこの先もずっとオレの傍にいて欲しい」


 ライは綺麗に愛の言葉を伝えてくれて、オレの心臓は早鐘を打つ。ずっとずっとライの傍にって、それはつまり……。


「オレ、ライのお嫁さんになるって事か?」


 オレはストレートな言葉で訊き返す。


「あぁ、それは嫌か?」


 ライが不安げな色を浮かべるのを見て、オレはすぐに否定する。


「嫌なものか! オレもライと生涯を誓える事が出来たらって夢見てたんだ! オ、オレも、ラ、ライだけだ!」

「レイン!」


 オレが応えると、ライは喜悦満面となってオレのギュゥ~と強く抱き締めた。痛いぐらいだが、オレもライの腕の中で歓喜に満ち溢れていた。


 ――オレ、今世界で一番幸せだって叫べるぞ。


 そう思うぐらい幸せに充溢していた。そんな満たされた顔で、ライと視線が絡み合う。それはごく自然な流れでオレ達は唇を重ね、そして改めてライと愛を確かめ合った。


 ……………………………。


 ……………………………。


 ……………………………。


 二人の世界一色に染まった空間で、オレの心は充溢感でいっぱいだった。ライをどうしようもなく愛おしく思い、そしてどんな時も彼を求め続ける。それと同時にいつも思う事がある。それは……。


「ライ、愛してる。オレを愛してくれて有難う」


 オレの事を選んで愛してくれるライへの感謝の気持ちだ。オレは愛の言葉と一緒に伝えた。するとライは意表を突かれたような顔を見せたが、すぐに極上の花が咲き開いたような笑みを見せた。


「レイン、それはオレも同じだ。有難う、愛している」


 そうライから甘やかに囁かれた時、オレはこの上ない快感に弾かれ、ライと一緒に極上の域へと達した……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



 ライに抱かれながら微睡から目を醒めた時、隣にはリラウサ達がいた。ライがベッドまで連れてきてくれたのだろうか。寄り添うにして眠るリラウサ達を見て、オレは最高に幸せを感じた。未来の自分達もこう幸せであればいいのにと夢を抱き、また心地の好い眠りへとついた。


 そして抱いた夢は現実となる。オレの大好きなリラウサは子ウサギまで誕生し、近い将来オレの持つリラウサの数は増えていく。それは新しい家族が増えるたびに、ライが子ウサをプレゼントしてくれるからだ。オレは子ウサの洋服を作って、他のリラウサと一緒に飾っている。


 今となってはあの女神には感謝している。性別逆転で生まれたとか、性別を変えてまで純潔散らすとか、ナイフで刺されるとか、もう運命を翻弄されまくりだったけれど、今の幸せがあるのはまさしくあの女神がドジってくれたおかげなわけで。


 ――幸せになれ。


 女神が最後に残した言葉は今でも心に焼き付いている。あの女神は今も何処かでオレの事を見ているのだろうか。とんだドジを踏んでくれたが、最後オレに最高の幸福しあわせをもたらせた。そして今日また新たな幸せを運んでくる。


「ただいま」


 仕事から帰ってきたライを出迎えると、彼の手の中には赤いリボンがついた大きな包みがあった。


 ――あれは……。


 オレは真っ先に中身に気付いた。オレのお腹の中にはまた新しい生命が宿っている。だからあの包みの中はリラウサの新しい家族だ! オレはライから包みを受け取り、中身を開けて取り出す。あぁ、やっぱり愛らしい子ウサだ!


 ――よろしく。これからずっとオレ達家族と幸せに暮らしていこうな。


 そうオレが挨拶すると「よろしく!」と、子ウサが微笑んで挨拶を返してくれたように見え、そして同時にお腹の内側からポンポンと我が子が反応したのを感じ、オレはまた幸せを噛み締めるのであった……。


ここまでお読み下さり、本当に有難うございました✨


これにて完結となりますが、今後はライ視点での物語を考えています。


キャメルとのやりとりなどレインとは違った視線で本編の裏側をお見せしたいなぁと思っています。そちらは八月中旬頃に始める予定です。どうぞ宜しくお願い致します✨

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