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Rival1「突然、彼の元カノが登場しました」

「レイーン! 五番テーブルに持っていてくれ!」

「あいよー」


 お客から注文を受けた後、すぐに厨房とうさんから依頼が入る。父さんがオレを呼ぶタイミングはいつも抜群だ。ウェイトレスのオレは急いで料理を受け取って五番テーブルへと届ける。


「はい、お待たせペスカトーレ!」

「今日もレインは威勢がいいなぁ~」

「オマエがいるだけで店は明るいし、飯も美味しいよな~」

「またまた~、オレをおだてても何も出やしないよー」


 そう言っても気分は良いもんだ。店の評判に自分も関わっていると思うと素直に嬉しい。つい先日ライから♂リラウサをプレゼントされ、将来を誓い合ったオレ達は晴れて婚約者となった。その後、オレの生活は何事も順調だ。


 仕事もこの通り、お客から大事にされ売り上げにも貢献出来ているし、ライとも彼がどんなに忙しくても必ず時間を作ってオレに会いに来てくれる。毎日が充実していて怖いぐらいだ。そんなところにだ、突然嵐がやって来たのは……。


 ――カランコロンッ。


 店の出入り口扉が威勢よく開き、鐘の音が響いた。


「いらっしゃいませー」


 挨拶と一緒にお客を迎える。


 ――ん? 


 ド派手な令嬢三人が立っていた。真ん中の令嬢は毛先がクルンクルンに巻いた蜂蜜色の髪と勝気そうな菫色の吊り目。化粧がやたら濃いからか首と顔の肌色がかなり違っている? ワインレッドのドレスも舞踏会に参加するんですか? というほど派手だ。 


 そんな彼女の右隣にいる令嬢は栗色の髪の毛にオレンジのメッシュを入れて奇抜。つぶらな瞳の上のバッサバサ睫毛は盛り過ぎだろ? おまけにオレンジ色のチークを頬全体にグリグリと塗りたくっている。ドレスも肌を露出させて昼間から破廉恥な。


 真ん中の令嬢の左隣に立つ令嬢はまたすんごぉい。あどけない可愛らしさと小悪魔的な美しさを意識したピンク色のロリータファッション。完全に最近の流行を無視していた。プラス顔が老け顔だからか無理やり感があるぞ。


 何気に後ろに厳つい男数人は令嬢達の護衛ってところか。如何にもTHE・貴族令嬢達のおでましって感じだ。どう見ても場違いじゃないの? って思うのだが一体彼女達は何なんだろうか。


 周りの人間も店に不似合いなお客が来てポカンとして見ている。令嬢達はオレが席を案内するよりも先に店内を闊歩する。品定めをするようにジロジロと視線を巡らせ、何をしに来たんだ? 純粋に飲食しに来たとは思えない。


「庶民の店とはいえ、本当に貧乏くさいわ。何なのこの下品な店は?」


 ――は?


 開口一番、真ん中の令嬢がいきなり喧嘩を吹っ掛けるような暴言を吐き出した。


「お客様はご飲食でいらっしゃいますか」 


 オレはズンと令嬢達の前に出て問う。遠回しに何しに来た? と詰っているのだ。


「貴女?」


 令嬢はオレの前に腕を組んでズカズカと寄って来た。


「もしかして貴女がレイン・ディアかしら?」


 そして値踏みするような不快な視線を向けて問うてきた。


「どうしてオレの名前を?」

「やっだ~今の言葉聞きました? “オレ”ですって?」


 オレの問いを無視して令嬢は大袈裟に声を張り上げた。


「えぇ、こんな人がライノー様の婚約者だなんて何かの間違いではありませんの?」

「そうでしょう。やっぱり実際に足を運んで正解でしたわね」


 真ん中の令嬢に続いて二人の令嬢が勝手に物を言っていく。ライを懸想している女性達か。ライは地位も容貌も恵まれた男だ。彼を慕っている女性は数多くいて、たまにやっかみを受ける事も少なくない。


「ここは飲食店です。貴女達は何を目的にいらしたのですか?」


 明らかにオレを馬鹿にきたのは分かっていた。こんな堂々と来た愚かな令嬢は初めてだ。他のお客にとってとんだ迷惑。オレの問いに真ん中の令嬢が露骨に顔を歪ませる。


「貴女、私が誰か分からないの?」

「分かりませんが」


 知るわけないだろう? 今日会ったばかりの令嬢を!「これだから庶民は」とでも言うような顰め面をされる。どれだけ自分は偉いんだ!


「私は由緒あるアントイーター家の長女レパード・アントイーターよ。ライノー様とは以前男女のお付き合いをさせて頂いておりましたの」

「は?」


 オレは間抜けな声を上げてしまった。ライの元カノよりも、ライに彼女がいたという事実の方が衝撃的だった。オレが女になってから・・・・・・・ライとは色事なんて話した事なかったから、今まで彼に恋人がいたなんて思わなかった。


 てっきりオレが初めての彼女だと思っていたのに。開いた口が塞がらないオレの姿に令嬢達は勝ち誇った我が物顔でいる。完全にオレを蔑んでいる。それに少なからずオレは頭に来ていた。


「それで元カノがオレに何の用ですか?」

わたくし、ライノー様と以前の関係を取り戻そうと思っているの」


 は? 何を言い出すんだ、この令嬢は!


「今はオレがライの婚約者だ」

「貴方のような人が婚約者なんて有り得ないわ。何かの間違いでしょう」

「ライからきちんとプロポーズを受けている。間違いなんかじゃない」

「厚顔無恥にも程があるわ。貴女と間違いあってライノー様は私から離れたのだわ。この泥棒猫!」


 ――なんだ泥棒猫って!


「何を勘違いしているのか分からないが、ライはフリーの時にオレと恋人同士になったんだからな!」 


 ライはオレの前には偽名を使っていたあの殺し屋キャメルを好んでいたんだ。この令嬢と付き合っていたのはさらにその前の出来事だ。取ったなんて有り得ない!


「まだ厚かましい事を言う気なの!」


 激昂した令嬢は手を大きく振り上げた。オレの頬を叩くつもりだと思ったのと同時にオレは令嬢の手をギュッと掴み上げた。


「きゃっ、何をするの!」

「こっちのセリフだ! 先に手を上げようとしたのはそっちだろう!」

「放しなさいよ! 護衛、この不届き者を捕まえなさい!」


 令嬢達の後ろに張り付いていた護衛の一人が令嬢の手を掴んでいるオレの腕を掴もうとしたが、それよりも先にオレは令嬢の手を離して護衛の腕を捻り上げた。


「いてててっ」


 護衛は護衛の名に恥じるような情けない声を上げた。さらに筋骨隆々とした男がたかが一人の女に腕を捻られる姿は滑稽なのだろう。周りは唖然としてオレ達を見つめている。


「ちょっと何なのこの子! 大の男に手を上げるなんて」

「大の男が女一人に手をあげようとしていただろ?」


 憤怒の形相で吠える令嬢にオレは冷めた視線で返す。


「飲食が目的じゃないのなら早く出て行ってくれ。周りのお客に迷惑だ」


 オレは捨て台詞と吐いて護衛の腕をブンッと放した。気概のある態度に令嬢達はポカンと固まっていたが、その内に真ん中の令嬢がワナワナと震え上がり、


「覚えてなさい! いずれライノー様とは一緒にいられなくなるのだから!」


 そして負け惜しみの言葉を吐いた後、踵を返して店の扉へと走って行く。他の令嬢と護衛も続いた。


 ――おとといきやがれ。


 オレは令嬢達がちゃんと店から立ち去ったのを確認して仕事へと戻った……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



「リリー、リオ、聞いてくれ。今日ライの元カノが店に来たんだ。オレ、今までライに彼女がいたなんて知らなかったよ」


 オレはシュンとした面差しをリラウサ達に向ける。リラウサはライからプレゼントされたウサギのぬいぐるみだ。オレは♀リラには「リリー」そして♂リラには「リオ」という名を付けた。二匹はウェディング姿で寄り添って仲良しだ。


「オレにとってライが初めての彼氏だったのように、ライもオレが初めての彼女かと思っていたのに実際は違ってショックだったな」


 今日来たレパードという彼女はいつ頃付き合っていたのだろうか。オレの前は本性を出す前のあの殺し屋のキャメルに恋慕を抱いていたから、それよりも前になる。


 ――今まで色事の話は聞いてなかったからな。男の頃は一緒にキャメルが可愛いと話をしていたけれど。


 ライに訊いてみるべきか。でも今日会った出来事を話すべきなのか悩む。何気なく今まで彼女がいた事があるのか訊けばいいか。そう思った時、


 ――コンコンコン。


 ちょうど私室の扉からノック音が聞こえた。


「レイン、いるか?」

「ライ?」


 思わぬ相手の声でオレの胸は跳ね上がった。


 ――今日はここに来る約束はしていない筈なのに。


 オレは急いで扉まで駆け寄る。ギィーと扉を開けると、簡易甲冑姿のライが立っていた。


「ライ? お疲れ様。どうしたんだ? 今日はここに来る日じゃなかっただろ?」

「レインの事が心配で来たに決まっているだろ? 今日店で一騒動あったて聞いて急いで駆け付けたんだ」

「え? あぁ……」

「一体何があったんだ?」


 どうやらライは詳細まで知らないようだ。話すのには抵抗あるが、これはライに訊く機会チャンスなのかもしれない。


「実は……アントイーター家のレパード嬢と他二人の令嬢が護衛を引き連れて店に押しかけて来たんだ」

「え?」


 ライの表情が瞬時に変わる。驚き……というよりも困惑だろう。オレは今日会った出来事を淡々と話し出す。


「レパード嬢はライの元カノなんだろ?」

「それは……」

「オレ、ライに付き合っている彼女がいたの全然知らなかったな」


 オレはライから視線を落とす。


「隠していたわけではないんだ。レインとはそういった話をする機会がなかったから」

「……うん、そうだよな」

「ごめん」


 ライから謝られてオレは顔を上げる。


「なんで謝るんだ?」

「気に病んでいたんだろ? そういう顔をさせるぐらいなら話しておけば良かったなって思ったんだ」

「それはオレ達が今の関係になるって分かってなかったし……。それにライに彼女の一人ぐらいいてもオカシイ話じゃないよ」

「レイン、済まない。今まで付き合った彼女は一人じゃないんだ」

「え?」

「オレは数人と付き合ってた」

「!!」


 頭をガツンと殴られたみたいな衝撃を受ける。胸が痛すぎて何て返したらいいのか言葉が見つからない。


 ――ライは誰もが羨む自慢の婚約者だ。女性が放っておくわけないし、彼女の二人や三人いたって……。


 そう割り切ろうと思うのに目尻に水気が帯びてきた。泣く姿なんてライに見られたくて、おのずと顔が俯く。


「でも一生を添い遂げたいと思った女性はレインだけだから」

「え?」

「オレは最後がレインで良かったと心底思っている。レインもオレを選んでくれて今こうやって傍にいてくれる事が幸せだ」

「ライ……」


 優しい声色で胸を打たれる嬉しい言葉を言われて、闇に蝕まれていた心に光が宿る。その光は温かさでジワジワと胸の内へと浸透していく。


「オ、オレは最初で最後がライで嬉しいぞ」

「レイン……」


 ライは花が綻ぶようなフワッとした笑顔を咲かすと、オレの瞼にキスを落とした。それから頬に、最後に唇にそっと口づけが落とされた。


「あまり可愛い事を言われると、抑え切れなくなるから言わないでくれ」

「ん?」


 ――何が抑え切れないのだろう?


「レパード嬢にはこれ以上レインに近づかないよう忠告しておく」

「有難う。店のお客の迷惑になるから、そうして貰えると助かるよ。ただ彼女、ライとよりを戻したいと言っていたから心配だな」

「心配しなくて大丈夫だ。オレの気持ちはレインから変わらない。それにレパード嬢とは整理がついて別れたんだ。今更どうこうなるものじゃない」

「彼女とは何で別れたんだ?」

「彼女と付き合っていた頃のオレは仕事で遠征が多かったんだ。その間に彼女の気持ちが他に移ってしまって結果別れる事になった」

「え?」


 ――それってどう聞いても彼女の理由だよね?


 確か彼女、オレの存在があってライから別れたみたいな言い方してたのに!


「それにしても信じられないな。あの虫も殺さないような大人しい令嬢が捲し立てに来たなんて」


 ――虫も殺さないなんて……人を虫けらのような扱いをする奴だったぞ!


「オレと別れた後に人柄が変わってしまったのかもしれないな」

「始めから猫被っていたんじゃないのか。そんなキャラに見えたぞ」

「そ、そうか」


 素の彼女と付き合っていたならライの好みを疑うレベルだ。あの令嬢色々な意味で凄いぞ。あの勝手な言いように沸々と怒りが込み上げてきたが、オレはグッと我慢した。


 ――金輪際会わない人間だ、もう忘れよう。


 そう思っていたのにオレはあの令嬢の執着を甘く見ていた。今後また彼女と会う事になる時、自分がとんだ偉い目に合う事も知らずに……。


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