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Link6「すべてが決まる運命の日」

 ――リラックス・ウサギ専門店。


 店内に足を踏み入れた時、オレは息を呑んだ。


 ――本当にウサギのぬいぐるみだらけだ。


 視界がウサギのぬいぐるみで埋め尽くされる。外観は落ち着いたアンティーク調であったが、内装は垢抜けた瀟洒なデザインとなっていた。天井の数ヵ所には洒落たシャンデリアが吊るされ、室内全体を温色に照らしている。


 棚、机、椅子といった調度品はすべてアンティークな素材で設えられており、その周りをリボンやフリル、造花などを使用して華やかに装飾している。そこにこの店のメイン、ウサギのぬいぐるみがズラリと並べられていた。


 ここはかの有名なぬいぐるみ「リラックス・ウサギ」専門店だ。略して「リラウサ」という愛称で呼ばれている。長い耳が垂れ下がり、ダラリとした姿勢が特徴の真っ白なウサギのぬいぐるみだ。


 肌触りが好く愛らしい顔をしていると評判で、客は子供と女性が殆ど。男性客は恋人か子供に付き添っている感じだ。そんな場所にオレは一人でやって来た。何故、ここに足を運んだのかというと……。


 ――今日がレインの誕生日だからだ。


 彼女の誕生日プレゼントを買いに来た。ああ見えてレインは小さい頃から、ぬいぐるみが大好だ。実際彼女の部屋には目の前のウサギのようなぬいぐるみが沢山飾られている。しかし、このウサギは見た事がなかった。


 有名なぬいぐるみだし、レインの好みなのは間違いないだろう。プレゼントしたらさぞ喜ぶだろうと、そう考えるだけでオレは何度も締まりのない顔になりかけたが、なんとか表情を引き締めていた。


 ――それにしても……。


 手作りであるのによくもまぁここまで完璧に作られるものだ。さすが高級なぬいぐるみなだけあって精密に作られている。それに瞳が紅色のアクリル宝石で作られていて、キラキラしているのも印象的だ。


 オレにはあまりぬいぐるみの可愛さが分からないが、このぬいぐるみには不思議な魅力を感じる。今も店内を歩いていると、妙だが視線を感じていた。ふとオレは手前のウサギを手に取って瞳を見つめる。


 ――本当に生きているみたいだ。


 そしてこのウサギ、頬の部分が微妙に赤く染まって見える。


 ――? 


 急に空気の異変を感じてオレは周りを見渡す。


 ――妙に注目を浴びているような気がする。


 しかし、店内に変わった様子はない。


 ――気のせいか……。


 そう思ったが視線を感じる感覚は拭えない。それもどんどん強くなって熱気まで感じるようになった。


 ――ん? 心なしか手に持っているウサギがさらにダランとダレているように見える?


 まるで気を失ったかのようだ。やはりこのウサギ、頬が赤く染まって見えるな。レアものかもしれないが、オレは別のウサギを選ぶ事にした。リラウサは何も装飾されていないノーマルなものから、派手に着飾ったものまで、大きさも様々にある。 


 着飾られたリラウサの方が華やかに見えるが、レインの好みもある。オレは敢えてノーマルなものをプレゼントしようと決めた。もしレインが着飾ったものがいいと言えば、また別にプレゼントすればいい。


 それからオレはノーマルなウサギが並ぶ棚に足を運んだ。みな同じ顔に見えるのに、一つだけ雰囲気の違うウサギに目が留まった。それは何処となくレインに似ているウサギだった。


 オレはそのウサギを手に取って暫し見つめる。見れば見るほどレインを彷彿させるな。それにウサギの方も「私を選んで選んで」と、視線で訴えかけているように見え、オレは直感的にこれが良いと思った。


「これにしよう」


 そうオレが決めた時、手に持っているウサギの瞳が煌々と輝いた……ように見えたのは気のせいか? オレはウサギを持って会計レジへと向かった。


「これをプレゼント用に包んでもらえますか?」


 会計に立つ白髪の男にオレはリサウサを出した。男の一人が珍しかったのか、レジの男は意味ありげな笑みを浮かべる。


「兄ちゃん、彼女へのプレゼントかい?」


 ――あぁ、やっぱりそう見えたか。


 男の笑みを見てそう思われているのではないかと察していた。


「まだ彼女ではありませんが、大切なコなんです。今日は彼女の誕生日なので、このぬいぐるみをプレゼントしようと思いました」


 オレは見栄を張らず正直に答えた。


「兄ちゃんの想いも受け取って貰えるといいな」

「はい、そうですね」


 レジの男にはオレの心情が手に取るように分かるみたいだ。オレは歯痒い気持ちとなった。オレのように好きなコにプレゼントする男が多いのだろうな。


 ――レジの男が言うように、レインにはオレの気持ちも受け取ってもらいたい。


 彼女の好きな男がオレだとは確信はない。だが、例え彼女が他の男を想っていたとしても、オレも気持ちを諦めるつもりはなかった。


 ――レインは絶対に誰にも渡さない。


 自分の中にこんな独占力があった事に驚いた……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



 夕方、レインが働く飲食店ウォルフまでやって来た。オレの手の中には赤いリボンで飾られた大きなプレゼントがある。何て言って渡そうか、どういうタイミングで気持ちを伝えようか、そんな風にずっと心が浮き立っていてヤバイ……。

 

 ――本来こんな浮かれた気持ちではいられないというのに……。


 今王宮にはジュラフ団長と騎士ぶかが共に待機している。オレ達騎士団は殺し屋率いる反乱軍を今日まで泳がせておいた。今日オレと団長が王宮に不在だと流しておけば、奴等は最後の機会だと狙って来ると考えた。


 騎士団は反乱軍が王宮の内部を攻め込む前に奴等を捕縛する計画だ。ジュラフ団長がいれば事は上手く治まるだろう。オレは改めて団長に感謝する。彼の優しさを無駄にしない為にも、しっかりと今日決めなければ。


 ――ギィ―――。


 店の裏口から入ろうとした時、ドアが開かれた。しかも中からレインが出てきて心臓が飛び出しそうになった。でもレインの方がもっと驚いた顔をしている。


「ライ、今まで何処に行ってたんだよ? 何回か会いに行ったのに、いつもいなくて」


 レインは今にも泣きそうな顔で訊いてきた。オレは居た堪れない気持ちになる。


「悪かった。急いで終わらせたい案件があったんだ。その処理にずっと時間を費やしていた」


 これは本当だ。早く事件を解決させたくて、オレはレインにも会わず、ずっと調査をおこなっていた。それもすべて彼女の危険を取り払いたかったからだ。


「そう……だったのか」


 レインは何処か腑に落ちない様子で答えた。そういう顔になって当然だ。彼女の事だ。きっと何度もオレの所に足を運んでくれたに違いない。本当に悪い事をした。


「そう浮かない顔をしないでくれ」


 せっかくの誕生日なんだ。笑っていて欲しい。そこでオレはピンク色のプレゼントを差し出した。


「え?」


 レインが何事かと目を丸くしてプレゼントを見つめる。


「今日、オマエ誕生日だろ?」

「え?」


 さらにレインはポカンとなった。もしかして自分の誕生日を忘れていたのか? 彼女らしいとオレは口元を綻ばせる。


「これは……オレへのプレゼント?」

「あぁ」


 オレが答えるとレインはプレゼントを受け取った。


「中を開けてもいい?」

「どうぞ」


 手際良くリボンを解いていくと、中から真っ白なリラウサが姿を現れた。


「あ、可愛い!」


 レインから感嘆の声が零れた。さっきまでの浮かない顔が嘘のように、今は瞳を輝かせている。


「オレがリラウサ好きなの、どうして知ってるんだ?」

「オマエの部屋にいけば、それと似たようなぬいぐるみが並んでいるから好みなのかなって思ってさ。そのウサギ人気なんだろう? この間、オマエの部屋に行った時、そのウサギが置いてなかったから、ちょうどプレゼントするにはいいと思ったんだ」

「有難う、凄い嬉しいよ! これ前からずっと欲しかったんだ!」

「そっか。良かった」


 レインが心の底から喜んでくれているのが分かり、オレも笑みを零した。リラウサを選んで良かった。ところが急にレインの眦に涙が溜まってオレはギョッとする。


「そんな泣くほど嬉しかったのか」


 そこまで喜んでくれるとは思わなかった。胸がレインの目頭のようにギュッと熱くなる。


 ――やっぱりレインの好きな奴って……。


 涙する彼女の姿を目にしてオレは期待を膨らませた。


「レイン、やっぱそれを誕生日プレゼントにするのやめていいか?」

「え? なんだよ、急に?」

「いやそれはこの間、オマエがキャメルを守った褒美にしてくれ」

「え? なんで変わったんだ?」

「だから誕生日プレゼントはオマエが一番欲しいものをやろうと思って」


 この時、レインもオレと同じ気持ちでいてくれていると思い、彼女に心を渡そうと思った。


「え? ……欲しいもの?」


 レインは驚きの色を見せる。でも何処か期待に満ちているようにも感じた。


 ――そして……。


「オレの誕生日だし、今日はずっと傍にいて欲しい。今日だけはオレの傍から離れないで欲しいんだ」


 オレはハッと息を切る。レインは言葉の意味を分かって言ったのだろうか。まさかこうもストレートに気持ちをぶつけてくるとは思わなかった。


「レイン、誕生日は特別な日だよな?」

「あぁ。誕生日は祝いをする日だし、特別といえば特別だよな」

「その特別な日にオレに傍にいて欲しいって事か」

「あぁ、傍にいて欲しい」


 レインは揺るぎない瞳で答えた。オレは歓喜のあまり躯が打ち震える。都合の良い解釈かもしれないが、レインが身も心も捧げてもいいと言っているように聞こえた。


 ――レインは思っていた以上にオレを想ってくれている。


「分かった、傍にいる」


 オレは暴走しそうな気持ちをグッと抑え、淡々と答えた。


「本当か!?」


 レインはリラウサを見た瞬間のように瞳をキラキラに光らせていた。どうしてそう可愛らしく無垢に喜ぶんだ。こっちは抑えている気持ちが爆発しそうだぞ。


「レイン、これからオマエの部屋に行ってもいいか?」


 オレも彼女と同じ気持ちだ。全身全霊で想いを分かち合いたい。


「勿論!」


 レインは満面の笑顔で受け入れてくれた。それでオレは彼女の初めてを貰おうと決心した……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



「レイン、良かった。オマエがオレと同じ気持ちでいてくれて」


 部屋に入ってすぐにオレは溢れる嬉々の想いを口にした。


「普段のオマエからじゃ、そんな素振りなかったし。でもさっき傍にいて欲しいって言われて、オレも覚悟を決める事にしたよ」


 ――やっとだ、やっとレインに伝えられる。


 オレは胸の内に秘めていた想いを伝えようと意を決する。


「レイン、オレは……」

「うん」

「オマエの事が好きだ」


 想いを口に出した時、僅かに躯が震えた。それだけ緊張をしたというのに……。


「なんだ、そんな事か。オレもライの事が好きだぞ」


 レインの呆気らかんとした言葉に、オレは拍子抜けしそうになる。


 ――そんな事ってなんだ!


 オレの気持ちはそんな軽く受け止められたのか!


「そんな事って言うな! それにそんな軽々しく好きって言うなよ! 雰囲気がぶち壊しだろう? ……それとも照れくさくて、わざとそういう風に言っているのか?」


 そうだ、レインは照れくさいのを隠して、わざと軽く返したのかもしれない。


「なんだよ、照れくさいって。今更だろ? オレとオマエの仲は」


 さすがに度肝を抜かれた。なんだ、今更って?


「え? オマエまさか前から、そういう仲だと思ってたのか?」

「うん、だから今更だろ?」

「そ、そうか。オレは自分の気持ちに気付いたの少し前からだけど、まぁ、オマエは随分と前から、オレの事を想ってくれていたって事で嬉しいよ」


 オレがレインを好きになる前だったら引いていた話だが、今となっては結果オーライだな。


 ――じゃあ、もう遠慮なくレインを貰ってもいいんだよな。


「それじゃ誕生日プレゼント渡すから」


 レインと気持ちを確かめ合う事が出来てホッとし、抑えていた衝動を開花させた。


「え? プレゼント? それは一緒にここで過ごしてくれるって……」


 レインが何か言いかけていたが、言い終わらない内にオレは彼女の唇を奪った。触れた瞬間、酷く緊張した様子が伝わってきた。だからオレは本能を抑え、彼女の緊張を解すように優しい口づけを繰り返す。


 焦らずじっくりと愛でていく。レインは身を強張らせたままだったが、拒まずにオレの口づけを受け入れてくれていた。少しずつ少しずつ重なる唇が深まっていき、そろそろ舌を絡めようとした時だ。


 いきなり躯を引き離された。オレは瞠目してレインを見つめると、彼女は怒った様子でオレを睨んでいた。オレにはなんでそんな顔をされるのか分からなかった。彼女にとって口づけは性急すぎたのか?


「なんでオレにこんな事をするんだよ! ライが好きなのはキャメルだろ!? オレにこんな事、軽々しくするなよ!」


 レインは涙と一緒に叱責を投げてきた。予想を遥か斜めいく展開にオレは茫然となる。


 ――今レインは何て言った? オレがキャメルを好きだと?


 何がどうなってそうなった?


「レイン、オマエなに言って? ……オレが好きなのはレイン、オマエだ。さっきオマエに告ったばっかりだろ? それなのにどうしてそんな話をする?」

「へ? ……告った?」


 何故ここでレインは初めて聞いたと言わんばかりの顔をする? きちんとオレは告って彼女も理解していた筈じゃないのか?


「オマエの事が好きだって言ったろ?」

「うん、聞いた。……って…………えぇえええ!? 女として好きだって言ってたのか!?」

「そうだ」

「いやいやいや! だってオレはずっとライはキャメルの事が好きだと思っていたからさ!」

「さっきも言ったがオレはキャメルにそういった感情を持っていない」

「嘘だぁ~!! キャメルの事、可愛い可愛いって言ってたじゃないか!」

「可愛いとは言ったが、オレが好きなのはオマエだ」

「!!」


 今の会話のやり取りをして、オレは嫌な予感しかなかった。


「レイン、まさかと思うがオマエの言っていた好きというのは、オレが思っている好きとは違うのか?」


 レインの肩がギクッと震えた。その反応を見てオレはすべてを察した……。


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