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Link2「メチャクチャな幼馴染に翻弄されています」

 顔にこそ出さないがオレは穏やかではいられなかった。それを彼女に悟られまいと、いつも通りに声を掛ける。


「あぁ、キャメルか」


 すると彼女は花が咲き綻ぶような笑みを広げ、オレは息を呑んだ。あまりに無垢な笑顔で、以前のオレであれば心を弾ませただろうが、今はそんな気持ちにはなれなかった。とはいえ、オレも自然な感じで微笑み返す。


「ライノー様はお仕事で見回りですか」

「あぁ」

「部下に任せっきりではなく、ご自分の足で見回られて凄いですわ。副団長であれば執務業務や訓練の教えなどで、お忙しいでしょうに」

「確かに忙しいが、街の見回りはじかに目にするのが一番だ」

「ライノー様らしいですわ」


 こうキャメルと会話をしていると、彼女に黒い部分があるとは思えない。先日の出来事が幻にすら思えてくる。


「そのお仕事の合間にレインちゃんとデートですか?」

「は?」


 いきなりキャメルがとんでもない事を言い出し、オレは間抜けな声を上げてしまった。


「いやレインとはたまたま遭っただけだ。それにオレ達はそんな仲じゃない」

「そうでしょうか。傍から見ていると、とても仲睦まじいですよ」

「昔ながらの幼馴染だから親しく見えるだけだろ?」


 完全に誤解されているな。レインと恋人……というよりはどう見ても男友達のような関係だろ。少し前のオレなら誤解されて複雑な思いを抱いただろうな。


「キャメルは何処かに行ってたの?」


 レインが会話に入ってきた。今の問い掛けからして、オレとキャメルの会話が聞こえてなかったみたいだ。それともわざと話題を変えたのだろうか。


「えぇ、今日は孤児院や老人施設などを訪問させてもらってきたわ」

「相変わらず勉学熱心で偉いね」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」


 キャメルはまた綺麗な笑みを零した。とてもレインを疎ましく思っているようには見えない。寧ろ好意的な接し方だ。オレは複雑な思いに駆られながら、二人の会話を見ていた。


「そろそろ私は行くわね。二人の邪魔しちゃ悪いし」


 って、結局キャメルの疑いは晴れていないようだ。レインは変に固まっている。オレとそういう仲だと思われてショックでも受けているのか?


「だから違うってさっきも言ったろ?」


 すぐにオレは否定しておいた。レインには他に好きなヤツがいるからな。妙な誤解は早めに解いてやった方がいい。


「ふふふっ、そうなの? じゃあ、まだ私にも望みがあるのかしらね」


 何かキャメルが呟いたように聞こえたが、その内容までは聞き取れなかった。


「じゃあ、またね」

「あぁ」


 キャメルは軽く手を振り、この場から去っていく。その後ろ姿をオレは見つめながら思った。


 ――先日のあれ・・が嘘であれば、どんなにいいか。


 いっそ知らない方が良かったのか……いや何も知らない方が怖いか。人間だから好き嫌いがあるのは仕方ないが、それでもレインを悪く言う事は許せない。


「キャメルって可愛いよな~」


 オレは物思いに耽っていたのもあって、今のレインの呟きをろくに聞いていなかった。


「あぁ、可愛いな」


 そうオレは無意識に答えていた。


「オレの事も可愛いって思ってる?」


 またレインが呟いた。今度はハッキリと内容を聞き取れたのだが、


「……は?」


 自分の事を可愛いかって訊いてきたよな? レインらしくもない質問にオレは苦虫を潰したような顔になった。


 ――あぁ、そうか。例の好きな男が関係しているのかもしれないな。


 レインが恋する男ってどんな奴だろうか。オレは初めて相手が誰なのか気になった……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



 ――第三師団団長執務室。


 午後一の街の見回りを終えたオレはジュラフ団長に業務の報告をすると共に、執務へ入っていた。ここのところ団長の不在が続き、決裁業務が溜まっていた。案件の最終的な可否は団長に委ねているが、小さな案件はオレが代理で処理を行う。


 にしてもここ数日間で新たに何百と膨らんだ案件に気が遠くなりそうだ。それだけこの王都は巨大であり、比例して問題を抱えている。オレは淡々と書類に集中していたが、ふと今日のレインとキャメルとの出来事が脳裏に浮かんでいた。


「ライノー、嫁と何かあったのか?」

「え?」


 野太く弾力のある声を掛けられ、オレははっと我に返る。何処か心配を含んだ声色で内容がおかしい。声の主はジュラフ団長だ。


 ――嫁って、またこの人は……。


 オレは彼のいつもの勘違いに呆れ顔を作る。


「レインの事ですか? 何度も言いますが彼女とはそんな深い関係ではありません」

「そうか? 最近料理やら裁縫やら嫁らしい事をやってもらっているのにか?」

「そうですけど、それはオレに尽くしたいからではないと思いますよ」

「オマエがフラフラとしているから、とうとう嫁の心が離れたか」

「なんですか、それは?」


 オレは今特定の相手はいないが、今まで数人の女性と付き合った経験がある。多分それを団長はフラフラしていると思ったのだろうが、別にオレはレインと将来を誓い合った仲でもないし、浮気でもなんでもない。


「詳しくは分かりませんが、彼女が女らしく振舞うようになった理由がオレではない事は確かです」

「他に男か。それは淋しくなるな」

「そう思うのは団長だけですよ」

 

 悪い冗談に付き合い切れない。オレの突き放す態度に団長は気にする素振りもなく、デスク前に腰を掛けた。普段、頭の中が筋肉で出来ているのではないかと思わせるほど、固く真面目な人なのに、たまに笑えない冗談を言ってくる。


 それにやたらレインをオレの嫁扱いしてくるのも謎だ。まぁ団長とレインは顔見知りで、オレも含めて、たまに飯を食う仲でもある。そしてレインは厳つい外見の団長を目の前にしても、全く固くならず人懐っこく接している。


 そんな彼女を団長も少なからず気に入っているようで、妹のような感じだろうか。はたから見ていると、親子のように見えなくもないが……。そういえば、もう少しで団長は本当の子供が生まれるんだったな。


 ――確か団長似の大柄な男の子……って何をオレは言っているんだ? 


 まだ生まれてもないのに団長似という話は有り得ないし、性別も分からないと聞いている。誰かと勘違いしたのか? いや他に出産予定の仲間はいなかったような。オレは不思議に思い首を傾げていると、ちょうど団長から溜め息交じりの呟きが聞こえてきた。


「困ったな……」

「どうなさいましたか?」


 とても深刻そうな様子だった。団長はあまり人前で悩んでいる姿を見せない人だ。団長としての威厳を大切にしているのだろう。


「決められないんだ」

「複雑な案件ですか? オレも手伝いますよ」

「男なのか女なのか気になって名前まで考えられない」

「…………………………」

 

 ――この人はまた……。


 真面目に仕事をしてくれ。団長は騎士として完璧だし、執務業務もそつなく熟す人だが、家庭の事になるとダメダメ人間になる。今彼の気は完全に別へ持っていかれている。


「団長、近日奥様のご出産で休みを取られるのですから、こちらにある何百という案件の処理を早くおこなって下さい」

「鬼だな、オマエ」

「当然です。この量ですし無駄話をしている時間なんてありませんよ」

「オレの嫁より怖いな」

「奥様には負けますよ」


 これ以上団長に無駄口を叩かせまいと、オレは彼の前にドカッと大量の書類を置いた。その量に驚愕した団長は渋々ながらも作業に取り掛かるのであった……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



 ――レインとキャメルに会った翌日。


 まさかあんな形でまた彼女達と会うとは思わなかった……。オレは午後に昨日の膨大な決裁に時間を取られるのが分かっていた為、昼前に街の見回りへ来ていた。今日のメインはシャガール・ブラウストリートだ。


 そこは少し値の張る商品が並ぶセレブ地帯だ。金持ちにとって安価な商品が並び人気を集めているが、あまり一般人は近づかない。ただ金持ちの客に交じってスリがいる為、こうやって騎士が見回って注意を向けている。


 スリ以外の大きな問題がない場所ではあるが、それは今日の起きた出来事によって崩される……。仲間と共にアーケードに着くと、見回りを分担してオレはアーケードの外を回る事になった。そして第二出入口から少し離れたところで事件が起きた。


 ――!?


 人だかりが出来ている場所から、騒がしい声が聞こえてきた。催しで人が集まっているようには見えず、急いでオレは騒がしい場所まで走って確認すると、目を瞠った。殺気立てた形相の大柄な男が、背中を向けている女性を襲おうとしていた! 


 ――危ない!!


 オレは鞘から剣を抜いて急いで助けに向かう! 


「貴様ぁああ、ぶっ殺してやるー!!」


 男が物騒な事を叫ぶと女性が振り返った。顔を目にしてオレの心臓は停止しかけた。あれはレインだ!!


 ――レ イ ン が 殺 さ れ る ?


 絶望という闇がオレの視界を覆い尽くし、同時に映像がフラッシュバックされた。


 ――なんだ?


『危ない! レイン!!』


 あの時・・・、レインが切られて死ぬと思った。地方で起きたある内乱騒動、暴動する民が凶器を振り回し、数少ない騎士オレ達が必死になって止めようとしていた時、レインが背後から襲われそうになった。


 何故、騎士の中にレインがいたのかは憶えていない。でもあの時、彼女・・は確実に殺されかけていた。あの出来事が頭の中に流れ込み、再びオレは大事な人を失うかもしれない恐怖と絶望に堕とされそうになった。


 ――レインを失いたくない!!


 胸が潰されそうな思いでオレは心の中で泣き叫ぶ。

 

「これでもくらぇええ――!!」


 ――!?

 

 今の叫び声で不思議な現象から呼び戻され、そしてオレは信じられない光景を目にした! レインが大男の顔に向かって飛び蹴りをし、それを見事に食らった男は有り得ないほど遠くに飛んでいった。


 ――ドスンッ!


 そして男は地面に叩きつけられた。あれだけ派手に叩きつけられれば、暫く動けないだろう。


「口ほどでもない奴め」


 レインは舞台役者のヒーローのようなセリフで決めた。オレは唖然となっていたが、すぐにメキメキと怒りが込み上げてきた。


 ――レインは女だ、あんな無茶は許されない!


 そうオレが心で叫ぶと同時にレインが振り返った。


「あ……」


 オレと目が合った彼女は悪い事をして見つかった子供のようだった。何故ここにオレがいるんだというオーラがヒシヒシと伝わってくる。そんな彼女にオレは叱責の眼差しを送る。


「やあ、ライ。こんな所で会うなんて奇遇だな~」


 オレの視線の意味を察したからか、レインは何事もなかった様子で話し掛けてきた。オレはブチッと血管が切れる音が聞こえ、レインの方へと向かって行く。反対にレインは後ずっていくが逃す気はなかった。


「レインッ!」


 彼女の腕を強く掴んで引き寄せる。触れて彼女が生きている安堵を感じ、目頭が熱くなりそうになったが、それよりも怒りの感情の方が勝る。


「オマエッ、今何やった!? なんであんな無茶したんだ!」

「いや~勝手に躯が動いていたから、なんでと言われても答えられないかな」

「オマエな!」


 全く自分がした事の重要さを分かっていない。無事だったから良かったものの、相手の方が強かったら殺されていたかもしれなかった。


「ラ、ライ。オレの事よりキャメルの方を心配しろよ? 彼女、腰を抜かして顔真っ青だぞ」


 言われて気が付いた。キャメルも一緒だったのか。レインの行動に毒気を抜かれてキャメルがいた事に気付かなかった。


 ――本当だ、彼女の顔は真っ青だ。


 オレはレインを離してキャメルの元へと駆け寄る。


「大丈夫か、キャメル?」


 腰を抜かして地べたにつく彼女と目線を合わせて問う。彼女は血の気が失われていて、余程怖い思いをしたのだろう。それかレインの戦う姿を見て心配のあまり蒼白となったのか。


「あ、あの男はどうなるのですか?」


 キャメルは自分の事より、無様に倒れている男を気に掛けていた。あの男は拘置所に連れて行き、罪を認めさせる。


「それなりの処置をする。悪いが何があったのかキャメルとレインにも話が聞きたい」

「わ、私は……と……とて……も……話が……出来る……状況じゃ……」


 思った以上にキャメルは衝撃を受けているな。事情聴取よりも先に病院に連れて行く方が先か。あれこれと考えていると、サッとレインが入ってきた。


「ライ。今のキャメルに事情聴取なんて無理だ。話ならオレがする。彼女があそこで伸びている馬鹿男に暴行させられそうになったところをオレが見つけて助けた。それだけだ。彼女はもう帰してやって欲しい」


 ――暴行? まさかそんな事があったのか。


 それはかなり精神的ダメージが大きいな。病院へ連れていくのも辛いかもしれない。家に帰させるのがいいのか。しかし、こんな状態の彼女を一人で帰させるわけにもいかないな。


「……分かった。オレは男を拘置所に連れて行かなければならないから、レインお前がキャメルを家まで送ってやれないか?」

「あぁ分か……「いいえ、ライノー様! 私の傍を離れないで下さいませ!」」


 急にキャメルから強く懇願され、オレもレイン目を剥いた。


「キャメル、悪いがオレは男を「お、お願いします! ライノー様!」」


 あまりに必死な様子のキャメルにオレは言葉を失う。そんなにレインに送られるのが嫌なのか? レインはキャメルを助けたんだぞ。精神的なショックを受けたキャメルには悪いがオレは苛立ちを感じた。


「オレが男を連れて行こうか?」

「レインッ!」


 オレが判断出来なくレインは助け舟を出したつもりなのだろうが、とんでもない提案だ。


「いや、だってこんな彼女から離れられないだろう?」

「それはそうだが……」


 状況が八方塞がりなのは変わらない。何か良い打開策はないのか。そこにちょうど部下達が現れた。


「これはセラス副団長! 何かおありだったのですか!」


 助かった、男は彼等達に任せよう。オレが指示を出すと、部下達は素早く男を連れていった。


「ライ、早くキャメルを送ってやれ。マジ彼女の顔色が悪い」

「あぁ、そうだな。立てるかキャメル」


 オレは彼女の躯を支えながら、そっと立たせる。共に歩き出すがオレはレインの事が気掛かりだった。彼女はキャメルの心配ばかりしていたが、自身は大丈夫なのか? バタバタとして過ぎて気に掛けてやるタイミングがなかった。


 そして、このままレインと分かれる事に抵抗を感じ、正直キャメルよりもレインの傍にいてやりたいと思っていた。なんだこの感情……なんとも言えない特別な思いを感じる。気が付けばオレは歩く足を止め、レインの所へと戻っていた。


「レイン。今日の夜、絶対家にいろよ」

「え? なんで?」

「いいから!」


 自分でもなんでこんな事を言い出したのか分からなかった。今は芽吹いたばかりのこの感情を追及せずに、やるべき事を早く済ませてレインの元へと向かおう……。


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