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第4章ー5

 とは言え、それは所詮は土方千恵子の思いつきに過ぎない。

 土方勇志伯爵にしても、ラース・ビハーリー・ボースにしても、具体的な行動に移す訳には行かず、あくまでも思いつきということで周囲に話すしかなかった。

 そして、千恵子は、その後、ラース・ビハーリー・ボースと週に1回、1時間ほど会って、その際にインドの情勢についての講義、情報提供を受けていたのだが。


 1月程経った2月半ばのある日。

「それにしても、インドは多宗教、多民族の国家なのですね。単純にインドと一括りにできませんね」

 千恵子は、ラース・ビハーリー・ボースに、そう語り掛けていた。

「その通りです。インドには多くの民族がおり、宗教もヒンドゥー教とイスラム教が多数を占めますが、それ以外の宗教も稀ではありません」

 ラース・ビハーリー・ボースは千恵子に同意した。


 その答えを聞いた千恵子は意を決して、ラース・ビハーリ-・ボースに問いかけた。

「先日の講義の際に、スバス・チャンドラ・ボースと彼を支持するインド国民会議左派(急進派)は、ジンナーらが率いるムスリム連盟に敵意を持っていると教えられました」

「ええ、半分は合っています。ですが、半分は誤りです。ムスリム連盟は、インドをイスラム教徒の国とヒンドゥー教徒の国との二つに分けようと考えており、インド国民会議は左派(急進派)のみならず、主流派もインドは一つの国であるべきと考えていますからね。この対立は意外と根深いもので、主流派もこの点では左派(急進派)と同調しています」

 ラース・ビハーリー・ボースは、千恵子にそう即答した。


「ところで、英統治下においては、イスラム教徒が比較的優遇されていたというのは事実でしょうか」

「その通りです。少数派を優遇することで、植民地の住民を分断して統治する。英のみならず、ローマ帝国等もやっていた古典的な手段ではありますが、中々効果的ですからね」

「最近、英はソ連崩壊の為に、中央アジアに住むソ連領内のイスラム教徒にレジスタンス活動を呼びかけていますね。それには日米等も加担している」

「ええ。私のインドの同志のところにも、その情報は入っています。インド国民会議の主流派の中にまでこれまでの行きがかりから、ムスリム連盟を英、いや日米等までもが自分達よりも優遇するのではという疑念を覚える者がいるそうです」

 千恵子とラース・ビハーリー・ボースは、さらに突っ込んだ会話をした。


 千恵子は更に踏み込んだことを言った。

「先日、最初にお会いした時に、スバス・チャンドラ・ボースがソ連に亡命している云々の話が出ました。あの後、更に考えたのですが、ジンナー等のムスリム連盟の幹部を、スバス・チャンドラ・ボースを支持するインド国民会議左派(急進派)が襲撃する危険はないでしょうか。そして、スバス・チャンドラ・ボースが姿を現して、これを公然と後押しするとか」

「スバス・チャンドラ・ボースは、そこまでの事をしないと思いたいですが」

 ラース・ビハーリー・ボースとしては、同じインド国民会議派の同志を疑いたくないようだった。


 千恵子は敢えて警告を発することにした。

「杞憂ならそれに越したことはありません。ですが、それが起こったら、インドは混乱します」

「確かにその通りですね。同志に警告を私はしましょう」

 ラース・ビハーリー・ボースは、千恵子の言葉に同意した。

 だが、それは遅かった。


 そんな会話をラース・ビハーリー・ボースとした数日後の2月下旬のある日、千恵子は目を疑う羽目になっていた。

「ムスリム連盟の大幹部ジンナー、ヒンドゥー教徒により暗殺さる」

 新聞のトップにその題字が躍っている。

 千恵子はその記事を信じたくなかった。

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