第6章ー18
「そして、我が日本は、北方軍集団に所属することで、日露戦争時にできなかった悲願のサンクトペテルブルク占領の栄誉を手に入れるか。日本の国民の継戦意欲が向上する公算大だな」
北白川宮成久王大将は、偽悪的な口調で言った。
土方大佐は、半ば肩をすくめた。
二人は、それ以上は口に出さなかったが、二人共に、父が日露戦争時の海兵隊軍人であるだけにそれだけで思いが通じた。
あの時には、絶対に不可能だったロシア、ソ連の首都を占領して、戦争を終わらせようというのだ。
何としても、今度は完全にロシア、ソ連との戦争を終わらせて見せる。
そして、父に報告せねば。
また、長引く戦争に伴う日本の国民の厭戦気分を払うのにも、サンクトペテルブルクではなかったレニングラード攻略は効果を上げるに違いない。
少し二人の間に沈黙の時が流れた後、北白川宮大将は土方大佐に問いかけた。
「しかし、バルト海上陸作戦参加を英に諦めさせる代償として、英にモスクワ占領の栄誉を与えるか。仏が納得すると思っているのか」
「確かに難問ですが」
土方大佐は、そこで言葉を切った後、思わせぶりに言った。
「仏にも別の栄誉を与えましょう」
「どんな栄誉だ」
「ラテン民族軍集団の盟主となるというのは、どうでしょうか」
「ラテン民族軍集団の盟主だと」
北白川宮大将は、虚を衝かれた。
「仏、伊、ルーマニア、スペインの四か国の軍を併せれば、約320万人に達します。これで南方軍集団を編制し、その軍集団の司令官にアンリ・ジロー将軍を据えるのです。そして、これを通称、ラテン民族軍集団と呼称します」
土方大佐は、そのように説いた。
北白川宮大将は、しばらく困惑して考え込んだ。
思いも寄らない提案だったからである。
沈黙に耐え切れなくなったのか、土方大佐は更なる力説を始めた。
「米が北方軍集団の主力を務める以上、英が中央軍集団の主力を務め、仏が南方軍集団の主力を務めるか、または、仏が中央軍集団の主力を務め、英が南方軍集団の主力を務めるか、の二者択一です。それで、中央軍集団が集結するのはプリピャチ沼沢地の北側、ポーランド方面になります。南方軍集団が集結するのはプリピャチ沼沢地の南側、ルーマニア方面になります。この二か所に軍隊を駐屯させた際に、どちらが周囲とのトラブルが相対的にですが、少ないと思われますか」
その言葉に、北白川宮大将は心を動かされた。
ルーマニアは言うまでもなく、ラテン系の民族国家である。
仏伊、スペインの軍隊が駐屯した方が、現地の住民との意思疎通がまだしもやりやすいのは自明である。
そして。
ルーマニアは、実は連合国軍最上層部から半ば重荷扱いされていた。
隣国のソ連とはベッサラビア問題等から犬猿の仲であり、積極的に連合国側に加担してはいる。
だが、ルーマニアの軍隊は様々な問題を抱えており、(ルーマニア政府、軍自身は否定するものの)極めて弱いと連合国側の各国政府、軍からは評される有様だった。
更にそれ以外の隣国との関係も良くなかった。
例えば、トランシルヴァニア問題から、ハンガリーとは犬猿の仲だった。
また、ブルガリアやユーゴスラヴィアとの関係も、ルーマニアは良好とは言い難かった。
こうしたことから、ルーマニア軍の扱いに連合国軍最上層部は頭を痛めていたのである。
土方大佐は、北白川宮大将の心にダメ押しを加えるかのように言った。
「仏軍をルーマニア軍の半ば督戦隊として送り込みましょう。それに先の世界大戦以来、ルーマニアと仏は良好な関係を保ってきています。そうしたことから考えても、仏、伊、スペイン軍をルーマニアに展開させて、南方軍集団を形成するべきです」
この言葉に、北白川宮大将は肯いた。
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