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第1章ー5

 こういった事態が、1941年の9月時点では起きていた。

 そういった状況を朧気ながらも、土方千恵子は掴んでおり、村山幸恵に核兵器開発の状況を(千恵子が自分の判断で)話せる範囲で話すということが起きていたのである。

 ちなみに千恵子がこういった情報を把握するためには、違法な手段どころか、グレーゾーンな手段すら全く使ってはいない。

 完全に合法できれいな手段を駆使して、千恵子は日本の核兵器開発情報を推測していた。


 千恵子が、日本の核兵器開発を掴んだのは偶然極まりないことがきっかけだった。

 そもそも、理研のトップである大河内正敏は、既述の事情により、千恵子にしてみれば、どうにも気に入らない、いわゆる癇に障る人物である。

 そうしたことから、千恵子は新聞等で理研の情報が流れる度に記憶に止めて、調べる癖が付いていた。

 そして、千恵子は理研について、さらに調べようと考えた。


 千恵子は、伯父の篠田正を介して、理研の株を購入して株主になった。

 株主になれば、理研の情報を(公開情報に限られるとはいえ)公然と入手できる。

 そして、それによって理研の公開情報を、千恵子は掴んだのである。

 更にその公開情報を調査している内に、どうにも引っかかる点に千恵子は気づき、その調査を行うことで日本の核兵器開発疑惑を千恵子は把握したという次第だった。


 とはいえ、千恵子が掴んだのは、千恵子の頭脳あってのものというのも事実であり、千恵子の義祖父の土方勇志伯爵(とその陰の面々)は、千恵子に日本の核兵器開発の事実について掴まれるとは思わなかった、と後で嘆いたのも事実ではある。

 さて、どうやって千恵子は日本の核兵器開発を掴んだのか。

 

 千恵子は、理研の資金繰りに、まず引っかかるものを感じた。

 理研に対して日本政府から様々な名目で補助金が出されていたのである。

(これは言うまでもなく、日本政府から理研に対する核兵器開発の為の資金提供だった。

 勿論、資金提供を完全に非公開にするという手法もあるが、それはそれで理研の資金繰りに不自然がどうしても生じてしまう。

 そうしたことから、様々な名目を付けて、補助金という形で、日本政府から理研に資金が提供された。)


 千恵子は、この数年の理研の資金繰りを精査して、その補助金が真実なものかを確認することにした。

 そうしたところ、表面上はおかしくないが、余りにも既存の研究に応じて補助金が提供されていること、更に補助金の提供額に比して、活発に活動しだしたような(人材雇用が多くなる等)研究室が存在することが判明した。

 それが、仁科芳雄博士をトップとする仁科研究室だったのだ。


 ここまでくれば、仁科博士が何の専門家なのか、更にどんな人材を集め出したのか、の情報を精査することで、理研が何のために動いているのか、まで見る人が見れば容易に推測できてしまう。

 千恵子は、そういった手法で、仁科研究室が動いていること、更にそれは核兵器開発の為であることを推測したという訳だった。


 とは言え、特高等の日本の治安警察も優秀である。

 千恵子が情報収集活動をしていることを把握し、更にその活動を監視することで、千恵子が核兵器開発を掴んだらしいことまでも把握した。

 特高は、土方勇志伯爵に警告を発した。


 千恵子は、9月下旬のある日、義祖父に書斎に呼ばれていた。

「千恵子、これ以上は理研の調査はするな。理研の株も全て売却しろ」

 義祖父の土方伯爵の口調は有無を言わさないものだった。

「分かりました」

 千恵子は即答した。


 その回答に土方伯爵の方があっけにとられた。

 まさかすぐに千恵子が応じるとは思わなかったのだ。

「それでいいのか」

 土方伯爵の方が戸惑い、千恵子に改めて問い質した。

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