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【WEB版】身代わりで縁談に参加した愚妹の私、隣国の王子様に見初められました【書籍化・コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第三章

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44.困った時はお互い様

「実はね? 最近になって僕の国で、よくない感染症が広まっているんだよ」

「お前の国でもか?」


 シルバート殿下がラインツ王子に問いかけ、王子の視線が殿下に向く。


「うん。ベスティリア王国も、この時期は病気が起こりやすいんだってね? 今年はどう?」

「相変わらずだ。アストレアのおかげもあって、普段よりも早く落ち着くだろうがな」

「そうなんだ。さすが、慣れているから対応が早いね? こっちは違うから、宮廷も街も大騒ぎだよ。特に大変なのは……」


 ラインツ王子の視線が私へと戻った時、すぐに察した。


「お姉様?」

「そう。教会は今も大盛況だろうね」


 突然広まった感染症への対処に、フロイセン王国の医師や薬師たちは追われている。

 病の原因をつきとめるのは簡単なことじゃない。

 ベスティリア王国のように毎年で、同じ感染症で型が変わるだけなら、既存の薬品でもそれなりの効果が発揮される。ただし、まったく新しい感染症となれば、一から薬品を作り出さなければならない。

 一週間やそこらで解決する問題でもないだろう。

 必然的に、どんな病でも治してしまえる聖女の下に、人々は集まってしまう。

 不安を解消したくて、苦しみからいち早く解放されたくて、期待する人々は聖女の下に押し寄せる。難しいことを考えなくても、その状況は想像ができた。

 そして、お姉様がどんな気持ちで祈りを捧げているのかも……。

 姉妹だからかな?

 こんなに遠く離れているのに、お姉様が考えていることがわかってしまう。きっとお姉様は、ひどく苛立っているはずだ。いつになったら終わるのかと。


「アストレア、君の力を貸してはくれないかい?」

「――!」

「ラインツ」

「わかっているよ。虫がいいことを言っている自覚はあるんだ。でも、苦しんでいる人々がいるのに、放っておくこともできない。僕は王子だからね」


 二人の王子は視線を向き合わせている。

 ラインツ王子のお願いは、話の途中から察していたし、王子が申し訳なく思いながら、私にお願いしていることもわかっている。殿下には特別な眼があるから、ラインツ王子の気持ちもわかるだろう。

 私はもう、フロイセン王国の聖女ではない。今の私は殿下の婚約者で、ベスティリア王国の人間になった。それ故に、このお願いを断る権利だって、今の私にはちゃんと残されている。


「アストレア」

「殿下」

「君が決めていい」

「私が……?」


 殿下は小さく頷いて、優しく微笑みかけてくれる。


「君がどうしたいのか。それ次第だ」

「私が……」


 どうしたいと思っているのか。

 フロイセン王国は私の故郷だ。だからと言って、戻りたいという気持ちは一切ない。むしろ、嫌な思い出のほうが目立つ。可能なら、あまり関わりたくないというのが本音だった。

 このお願いを引き受ければ、嫌でもお姉様と顔を合わせることになる。

 顔を合わせたら必ず、お姉様は私を罵倒するだろう。また、悲しくて嫌な思い出が増えてしまうだけだと知っている。それでも……。


「わかりました。協力させてください」

「アストレア」

「……いいのか?」

「はい」


 殿下の質問に、私はハッキリと肯定の返事をした。

 思うところはあるし、個人的には行きたくない。けれど、困っている人々がいるのなら、それを知ってしまったのなら、無視したくなかった。助けなくちゃいけないと、心の奥で叫んでいる自分がいる。どうやら私は、自分で思っている以上に聖女らしい。


「そうか。なら出発の準備をしよう。もちろん、俺も一緒に行く」

「殿下も来てくださるのですか?」

「もちろんだ。大切な婚約者を一人で行かせるのは不安だからな」

「殿下……」


 なんとなく、殿下ならそう言ってくれるような気がしていた。思った通りになって、どこかホッとしている。ただ、私のために殿下の貴重な時間を使わせてしまうのは、申し訳ないと思っていた。そんな私の心情を、殿下は察して続ける。


「気にするな。実は元々、フロイセンには行く予定があったんだ」

「そうだったのですか?」

「ああ、外交の話をするために。本当はもう少し先の予定だったが、ちょうどいいからこの機会に済ませよう。構わないよな? ラインツ」

「もちろん、日程はこっちで調整しておくよ」

「助かる」


 これで、殿下にとっても目的をもってフロイセン王国に行けるようになった。私のために予定を調整してもらったことは、やっぱり申し訳ない気分だ。


「それに、気になることもあるしな」

「気になること?」

「こっちの話だ。すぐに準備をさせよう」

「悪いね、シルバート」

「気にするな。困った時はお互い様だ。今度俺たちの国が困ったら、その時は助けてくれ」

「もちろんだよ」


 シルバート殿下とラインツ王子は握手を交わした。

 もし、私がこの場にいなかったとしても、私が協力を断った場合でも、シルバート殿下は何らかの方法で、フロイセン王国を支援しただろう。ラインツ王子が本気で困っているのは伝わっている。友人が困っているのに、それを放置するような人じゃない。殿下は優しい人だから。

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