42.こんなはずじゃ……
あけましておめでとうございます!!
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アストレアたちが自国へと戻って一週間が過ぎた頃である。フロイセン王国の王都では、とある感染症が流行し始めていた。
症状は風邪に近く、広がるまではただの風邪だと思われ、軽視されていた。
しかし、恐ろしい感染能力を持つ病であり、瞬く間に王都中へと広まった病は、人々の身体を蝕み、やがて重症者が増え、死者が現れてしまう。
街の医者、王都の薬室、そして聖女が本格的に活動を開始したのは、すでに王都中で病が蔓延した後だった。
必然、苦しむ人々の対処に追われる。もっとも大変なのは、聖女であるヘスティアだった。
今日も教会には、迷える人々が列を作る。
「聖女様、この子の病を治してください!」
「うちの子のほうが先よ!」
「順番は守りなさいよ!」
「いいじゃない! うちの子のほうが苦しそうなのよ!」
ただし、普段のように悩みや後悔を打ち明けたり、ちょっとした体調不良を改善してほしいわけではなかった。
協会に訪れた人々の九割以上は、最近流行の感染症を治してほしい人たちばかりだ。
「どうか落ち着いてください。お一人ずつ、私の前へ」
「はい! お願いします、聖女様」
「安心して下さい。私の祈りは必ず、悪しき病を癒してみせます」
聖女であるヘスティアは、混乱する人々を諫め、一人ずつ祈りを捧げていく。
彼女の祈りは傷だけではなく、病も治すことができる。
流行している感染症は、まったくの新種だった。既存の薬品の効き目が悪く、症状を弱らせる程度にしか効果がない。
特にお年寄りや子供は症状が強く現れ、単なる風邪と侮っていると、一瞬で症状は悪化し、ベッドから起き上がれない身体になってしまう。
そのまま寝たきりになり、食事も満足に取れなくなって、最終的には死に至る。
恐ろしい病だが、原因がハッキリわかっておらず、対処療法で自然回復を待つしかない状況において、聖女の力が唯一の治療法になっていた。
原因がわからずとも、どれほど重い症状でも、聖女の祈りであれば回復する。
そのことを人々は知っている。これまでの経験で、聖女に対する厚い信頼が、彼らを病院ではなく、教会へ向かわせていた。結果、教会には人々が溢れかえっている。
「聖女様! こっちの子もお願いします」
「ワシのことは後で構いません。どうか婆さんを……婆さんだけは……」
「大丈夫です。どうか安心してください」
ヘスティアは優しく語り掛けながら、迷える人々に祈り続けた。
早朝から、遅い時は日が沈む直前まで、教会で祈り続ける日々が続き、すでに彼女の心は疲弊し始めていた。加えて、彼女の祈りの力は、以前に比べて弱くなっている。
理由はもちろん、彼女が一人になったからである。
「……はぁ……いつまで……」
弱音を口から漏らしながら、期待の視線を向ける人々の前では、慈悲深き聖女であり続けるしかない。重圧に耐えながら、今日も彼女は遅くまで聖女としての役目を果たした。
「お疲れ様です。聖女様」
「……今日はもう終わりですか?」
「はい。行列を一旦区切りました。明日の朝から、またお願いいたします」
「……感染症の原因は、まだわからないのですか?」
「現在調査中と聞き及んでおります」
「そうですか……」
護衛の騎士から報告を受け、ヘスティアは落胆していた。
一体いつまで、この地獄のような日々が続くのだろう。彼女は医学、薬学については素人同然である。アストレアの成果を横取りしていた関係上、最近になって薬学に触れ始めているが、専門家たちには知識も経験も遠く及ばない。
故に、彼女は理解していない。病の原因を見つけ出し、それに対する薬品を作り出すのが、どれほど困難で、長い道のりであるかを。無知である故に、彼女の苛立ちは大きくなる。
自分はこんなにも頑張っているのに、他の人たちは何をやっているのか。怠慢なんじゃないか……と。この苛立ちと疑念の心が、彼女の祈りを曇らせていく。
聖女の祈りは、より誠実で、心から願うことで真の力を発揮する。なぜならその力は、人々の心の中にある正の感情から生まれるものだから。
喜びや興奮、期待や希望という前向きな感情こそが、聖女の力の源なのである。
怒りや疑いは、それとは対極に位置する感情だった。
あまりに大きくなれば、祈りの力の妨げになってしまう。もちろん、彼女だけが悪いわけではない。疲労も力を弱める原因の一つではあった。
聖女の力は奇跡を起こすが、所詮は一人だけの力だ。いかに毎日必死で祈ろうとも、爆発的な速度で増え続ける感染症患者を、全て治療することは不可能である。
このまま事態が進展せず、感染者だけが増え続けて行けば、ヘスティアの疲労はピークに達し、もはや聖女として振る舞うことも困難だろう。
そのことに最初に気づいたのは、第一王子のラインツだった。
「長く続きそうになさそうだね。さて、どうするかな」
彼は隣国の王子、シルバートと友人関係にある。互いに信頼し合っている故に、シルバートから聖女の力について聞いていた。姉妹に生まれていた格差と、その正体について。
二人が離れたことによって、残されたヘスティアの力が弱まっていることも。
アストレアが隣国に行って以降、ヘスティアは毎日忙しそうにしていた。感染症が流行り始める前からだ。同じ人数に祈りを捧げるだけでも、これまでの倍近い時間がかかってしまっていた。
ヘスティア自身は未だ気づいていない。自分の力が弱まっていることに。
周りの人々ですら、一時的なものだろうと。特に今は、忙しくて疲労が溜まっているせいだと、楽観的に考えていた。
そうではないと知っているラインツ王子は、この状況を打開するために、聖女以外の方法を考え始める。しかし、感染症の原因をつきとめるまで、薬物での治療は一時凌ぎにしかならない。
聖女をサポートしつつ、医学や薬学へも精通して、感染症の原因を見つけ出す手助けもできる人物が、一人だけ思い当たる。
「……はぁ、怒られるかな。シルバートには」






